第二章 調査(3)
「緋色の髪に黄金の双眸、そして混沌竜を召喚できるだけの魔力……貴方、竜人族ですね」
セインの冷静な分析に、ミュナがびくりと肩を揺らす。
「安心してください。我々は竜人族に危害を加えたりしませんから」
にこやかに笑うセインの雰囲気に気を許したのか、ミュナはほっとした様子で息を吐いた。
竜人族とは、獣人よりも更に希少な、竜の血を引く種族だ。
当然人間よりもはるかに優れた身体能力を持ち、竜譲りの強大な魔力を有している。
人間の魔術師では召喚できないとされている混沌竜さえ呼び寄せられるのも、その強大な魔力と竜の血を引いているからだと言われている。
強大な力を持つ竜人族は、獣人族以上に人間に恐れられ、迫害され、そして狙われてきたという歴史がある。
人間は時に、己より優れた存在に畏怖し、必要以上に追い立ててしまう。それはどちらの世界でも同じらしい。
ちなみに、竜人族はゲームには登場しないが、続編で登場するという噂があった。
残念ながら私は一作目しかプレイしていないし、何なら一作目の隠しステージにも辿り着く前に転生してしまったので、この先のこちらでの人生において、あまり前世の記憶は役に立たなくなってしまった。
「この辺に竜人族の集落があるいう噂は聞いたことがあったが、本当だったんだな」
「っていうか、此処がそうだったんじゃない? 最近引っ越したのかな? ほら、よく見たら家があったような形跡があるし」
ルイスが分析すると、ミュナが頷いた。
「そうだ。少し前に、嗅ぎ付けて来た人間に見つかって、集落ごと引っ越したのだが……先程強い魔力の気配を感じて、様子を見に来たのだ」
「なるほど」
私が納得して頷くと、ミュナが私の袖を引いてこそこそと囁く。
「レリア殿、つかぬ事をお伺いするが、先程の魔術を使われたのは、あの金髪の方か?」
「さっきの魔術って?」
「ぶわっと広がった魔術だ」
「ああ、風の魔術かな。だったらジークよ」
「ジーク殿! とても素敵な名前だな!」
目をキラキラさせてジークの名前を繰り返し、もじもじしている彼女に、私は嫌な予感を覚えた。
竜人族の少女ミュナは、どうやらジークに一目惚れしたらしい。
「あ、あのっ! 皆はこれからどちらに……?」
彼女が言いかけた直後、耳を劈くような咆哮が轟いた。
「っ! 何っ?」
「まさか!」
青褪めるミュナに、私が状況を悟る。
「召喚の解除が間に合わなかったってこと?」
「混沌竜の召喚は竜人族でも難しいのだ……!」
半べそかきながら空を見上げるミュナ。直後、空に漆黒の竜が現れた。
混沌竜は、大陸の北にある島に棲んでいると聞くが、そこから此処まで、こんな短時間で飛来してきたというのか。
ちなみに、召喚には二種類ある。
魔術師が無理矢理目の前に呼び寄せる強制召喚魔術と、召喚対象に呼びかけて応じた場合に現れてくれる強制力のないもの。
混沌竜のような強大な力を持つ魔物に対して強制的に呼びつける事はほぼ不可能なので、今回ミュナが行ったのは後者だろう。
その場合、召喚を解除しても、自身に対して呼びかけてきた召喚魔術に対して興味を惹かれた混沌竜が自らやって来る、という事も考えられなくはない。
だが、それにしても。
「嘘だろっ!」
ジークも愕然としている。
とにかくデカい。
終わった。
皆と一緒なら、どんな魔窟でも恐れるに足りないとさえ思っていたが、いざ圧倒的な魔力を放つ混沌竜を前にして、その考えの甘さを思い知った。
これほどに巨大な混沌竜を、倒せる気がしない。
一か八か、私が邪悪と看做したものに効果を発揮する聖剣魔術を試してみるか。
しかし混沌竜という名前ではあるが、存在自体が邪悪という訳ではないだろう。果たして効果があるのか。
私が立ち尽くしていると、ミュナが一歩前に出て叫んだ。
「しょ、召喚は解除した! だからっ! か、帰ってくれっ!」
混沌竜に訴えると、竜はじっとミュナを見つめた。
永遠のようにも感じられる一瞬後、彼女の意思が伝わったのか、竜は興味を失ったかのようにふいと空中で翻して飛び去っていった。
「……た、助かった……」
へなへなと座り込んだミュナだったが、私は竜の去っていった方向が、飛んで来た方向と異なることに気が付いた。
その方向は、元々私達が目指していたのと同じ。
「……まさか、アヴェンドールに向かったんじゃ……!」
混沌竜が、召喚中断で巣に戻る際に、人間がわんさかいる王国を見つけたら、気まぐれに襲ったとしても不思議はない。
このままでは、アヴェンドール王国は混沌竜に襲われて滅びてしまう。
「どどど、どうしよう!」
駆け付けたとしても、混沌竜なんて化け物、倒せる保証はどこにもない。
だが、混沌竜がアヴェンドールに向かい、殺戮を始めるのは時間の問題だ。
「あ、アタシのせいだ……」
ぼろぼろと泣き出すミュナ。
「泣いている場合じゃないわよ! 私達も協力するから、混沌竜を倒す方法を考え……」
説得しようと、一歩踏み出したその時だった。
私の足元に、突如魔法陣が顕現する。
「魔法陣っ?」
次の瞬間、私は足元に沈み込むような感覚に陥った。
視界が闇に染まり、私は抵抗もできずに意識を手放した。
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