第二章 調査(2)
セインは一瞬視線を落として思案する様子を見せたが、すぐに顔を上げた。
「とにかく、これ以上この町で調査できることもなさそうですし、アヴェンドールへ向かいましょう。飛翔魔術で行けば数時間で行ける距離です。低めに飛んで、怪しい者がいないか見ながら進みましょう」
「そうだな。念のため、遮蔽魔術で俺達の姿は隠していこう」
頷いたジークに、サーシャはすっと手を挙げた。
「そういうことでしたら、地上を調査する者がいた方が良いでしょう。私は走って向かいます」
「走る? 正気か?」
流石に驚いた顔をするジークに、彼女は至って真面目に頷く。
「此処からアヴェンドール王国程度の距離ならば問題ありません」
いやいや、地図で確認したけど、ブルーバード公国からアヴェンドール王国は、早馬を使っても半日は掛かる距離だ。
それを問題ないと断言するサーシャ。獣人の体力と脚力は本当に恐ろしい。
「よし、アーネスト、念のためお前はサーシャに同行しろ」
何か思案したジークが、アーネストに指示を出すと、彼は狼狽してジークを見る。
「え、俺はジーク様とルイス様を連れ戻すために同行を……」
「いくらサーシャが並みの人間より強いとしても、女一人で単独行動させる訳にはいかないからな。馬を調達して、サーシャと相乗りしろ。馬術に関してはこの中でお前が一番腕が良い」
「ジーク様、私は走ると……」
走る、と言ったことを無視するジークの発言に、サーシャがもう一度提言しようとするが、彼はぴしゃりと断言する。
「いざという時のために、体力は温存しておけ。無駄に走る必要はないし、そんな速さで走って、お前が獣人であると誰かに知られる事の方がリスクが高い」
サーシャが獣人の力を使う時に誰かに見られるようなヘマをするとも思えないけど、ジークの言っていることは尤もだ。
「……承知しました」
「じゃあ、俺達は先に出る。馬を確保次第、お前達も出発しろ」
言いながら、馬を買うか借りるかするための資金をアーネストに握らせる。
話がまとまり、ジークの合図で私とルイスとセインは同時に遮蔽魔術と飛翔魔術を発動させ、空へ舞い上がった。
ブルーバード公国とアヴェンドール王国の間には広大な森が広がっている。
空を高速で移動しながら森を進むと、しばらくして不自然に開けた場所を見つけた。
先導していたセインがそこに向かったので、私達もそこに降りてみることにする。
木々が所々斬り倒されている。
大人数の集団が野営でもしたのだろうか。
「……妙な気配がしますね」
モノクルの奥の目を眇めて呟くセイン。
「そうだな。おい、俺から離れるなよ」
ジークが私の腕を掴むと、その反対の腕をルイスがさっと掴む。
「兄上ばかりずるいよ。今度は僕がレリアをエスコートする!」
「レリアは俺の婚約者だっつーの!」
「まだ候補でしょう! そもそも元々は僕の婚約者候補だったんだ!」
「いつまでも過去のことを引っ張り出すな!」
また始まってしまった。
額を押さえて、ぎゃいぎゃい言い争う二人を眺めながらどう宥めようか思案した瞬間、ルイスの周りにバチバチと電気が走り始めた。
まずい、魔力が膨張し始めている。魔術を使う気だ。
「ちょ! こんな所で魔術なんて……!」
慌てて止めに入ろうとした直後、ヒートアップした二人は聞く耳を持たず、同時に叫んだ。
「風刃!」
「雷撃!」
膨大な魔力の塊同士、風の刃と雷が激しくぶつかる。
ズドォォォン、と轟音が響き渡り、凄まじい衝撃が伝わって来る。
咄嗟に防御魔術を展開したおかげで私は無傷で済んだが、辺りの木々は吹っ飛んでしまった。
しん、とした沈黙のあと、私は二人の頭に拳骨をお見舞いした。
「このお馬鹿! 何考えているのよ! こんなところで魔術の喧嘩なんて……!」
遮蔽魔術を掛けているため、私達の姿を誰かに見られることはないが、少なくとも今の衝撃は森中に広がったはずだ。
この森に人身売買の買取人が潜んでいたら、警戒して隠れてしまうだろう。
「す、すまん、つい……」
「うぅ、ごめん……」
王子二人をぶん殴ってしまったが、二人は反省しており、私が手を挙げたことについては怒っていないようだ。
「全くです。私が周囲に結界を張ったから被害も最小限で済んだものの、誰かに見られたらどうするおつもりですか!」
セインも憤慨した様子で二人に説教を始めたが、ふと何かに気付いて視線を上げた。
「あ……」
彼の視線を追うと、茂みの奥に人影があった。
見られたか。いや、遮蔽魔術を掛けているのだから大丈夫なはず。
と思った直後、その人物は両手を天に掲げて叫んだ。
「召喚魔術! 混沌竜!」
声は甲高く、少女のそれだとわかった。
しかし問題は、今の呪文だ。
「混沌竜だとっ? 馬鹿な! 止めろ!」
ジークが色を失って叫ぶ。
混沌竜。この世界に生きる者にとって、恐怖の象徴でもある魔物だ。
魔物の中でも最強クラスの存在で、魔力を喰らうため半端な魔術による攻撃は逆効果になるという特性を持っている上に、鱗が固く物理攻撃にも強いため、倒すのが非常に困難なのだ。
しかも一度暴れると、辺り一帯を焼け野原にするまで止まらないという。
しかし、基本的には大陸の北にある島に棲み、よほどのことがなければ大陸にはやってこない。
そんな魔物を召喚するなどと、一体何者だろう。
「邪悪な人間どもめ! 我らの里は襲わせないぞ!」
少女が叫ぶ。どうやら何か勘違いしているようだ。
「ちょっと待って! お願いだから話を聞いて! 驚かせてごめんなさい! 私達は貴方達を狙ってなんかないの!」
遮蔽魔術を解いて、彼女の前に出ると、私は一度頭を下げた。
それから顔を上げて、まっすぐに少女を見る。
鮮やかな緋色の髪に、黄金の瞳の、私より少し年下に見える美少女だった。
「……女……?」
少女も私を見て驚いていた。
「召喚を今すぐ止めて! 混沌竜なんかが来たら、辺り一帯が焼け野原になっちゃう!」
私の訴えに、少女ははっとした様子で手を下ろした。
解除の呪文を唱えてくれたので、全員胸を撫で下ろす。
「驚かせてごめんなさい。改めて自己紹介させて。私はレリア。魔物を倒しながら旅をしているの。貴方は?」
建前上の自己紹介をしておくと、少女は頷いて口を開いた。
「アタシはミュナ・バーガンディー。こちらこそ、アタシ達をつけ狙う悪党と勘違いして……すまなかった」
ぺこりと謝罪する。
「狙われているの?」
私が目を瞬くと、背後から納得した風情の声がした。
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