第二章 調査(1)
翌朝、日の出とと共に私達は宿屋を出た。
町外れまで移動した所で、セインが地面に魔法陣を描き始める。
「魔法陣?」
「ええ。転移魔術の魔力消費を少しでも抑えるために。それと、転移魔術は複数人でやるより、一人がまとめて行使する方が効率が良いので、私がやりますね」
言うや、魔法陣を描き終えたセインが、その中心に立ち、私達にもそこに立つように促す。
「行きますよ。転移魔術!」
刹那、地面に描かれた魔法陣が光り、私達を包み込んだ。
瞬き一つの間に、私達は違う場所に移動する。
湖の畔に白亜の民家が立ち並ぶ、美しい町並みが目の前にあった。
ブルーバード公国の首都オースターだ。
「綺麗な町……」
「そうだな。調査がなければ、一緒に見て回るのにな」
ジークが至極残念そうに呟くとルイスがずいと私達の間に割って入ってきた。
「そんな暇ないよ。早くベルフェール公爵の人身売買の経由地を探さないと」
と、サーシャが鼻をすんすんと動かす。
「あの狸ジジイの匂いがします」
「本当か?」
「狸ジジイの付けていたコロンは特殊な匂いがしますから、間違いないかと」
言いながら、サーシャは匂いの元を辿るために歩き出す。
狸ジジイ、という言い草に誰も何も言わないのがちょっと引っ掛かるが、今はそれを追及している場合ではない。
彼女の鼻を頼りに進むと、町外れの小さな教会に辿り着いた。
屋根の上の飾りを見て、ロージスト教の教会であることがわかるが、問題はそこではなかった。
教会は扉が開け放たれ、何人もの人物が慌ただしく出入りしており、物々しい雰囲気に包まれていた。
よくよく見ると、出入りしているのはディーヴェス帝国の紋章入りの鎧を纏った騎士達のようだ。
何だろう、まるでガサ入れだ。
前世で見ていた刑事ドラマの、家宅捜索のシーンを彷彿とさせる。
「……何かあったんですか?」
通行人を装って、目の前を通る騎士の一人に声をかけると、彼は一瞬何と答えようか考えてから、ゆっくりと口を開いた。
「実は、ここの神父がとある罪を犯したため、その取り調べ中でして」
「とある罪?」
「今は詳しく話せません。申し訳ありませんが、この教会は閉鎖となりますので、お引き取りください」
有無を言わさず追い出されてしまい、私達は教会から少し離れた所で、互いに顔を見合わせた。
「……此処が拠点だったって事?」
「おそらくそうだと思います。帝国の調査の方が先を行っていたのか、もしくはたまたま密売人がしくじって逮捕されたか……」
顎に手を当てて考え込んだセインは、一瞬沈黙した後に何かを決意した様子で顔を上げた。
「私が遮蔽魔術で潜入して、中の様子を窺ってきます。皆さんはこちらでお待ちください」
踵を返そうとした彼の前に、すっとサーシャが立ちはだかる。
「中の様子を確認してきました。どうやら、教会の祭壇に地下への入口が隠されていて、地下牢に少女達が監禁されていたようです。騎士達の話では、たまたま帝国の賢者が通り掛かって、地下牢に気が付いたとか……」
「え、嘘、今行ってきたの?」
「私が行くのが最も早く確実かと思いましたので」
流石はサーシャ。できる。
しかし、無料働きは絶対にしないサーシャが、率先して潜入して情報を得て来たとは、一体何を企んでいるのか。
「お前のメイド、本当にとんでもないな」
「あはは、頼りになるでしょ?」
耳打ちしてきたジークに苦笑して、私はサーシャに報告の続きを促す。
「神父の執務室から、手紙が数通見つかっていました。最新のものには、四月二十日に取引すると記されていたので、おそらくアヴェンドール周辺のどこかで売買が行われる予定だったものと思われます」
「四月二十日って、明日じゃない?」
この世界、日本で作られたゲームだったからか、暦は一から十二月だし、四季もある。時間などの単位も同じなので非常にわかりやすくて助かっている。
「だとすれば、取引現場を押さえていれば、アヴェンドール側の買取人を捕らえられるな」
「問題は、その取引現場だよね」
ジークとルイスも腕組みして思案する。
「取引場所を指定する地図などは見つかっていないようです」
サーシャは淡々と報告する。
それを受けて、しばらく黙っていたセインが口を開いた。
「……妙ですね」
「何が?」
「手紙が数枚しか見つかっていないという事は、古いものは順次証拠隠滅のために処分していたと考えるのが妥当でしょう。しかし最新の取引日時を指定する手紙は残っていた……その点から、神父は用心深いが心配性の人物であると推測できます」
言いたいことはわかる。取引日時を直前まで確認したい、という事だろう。
私含め、他の面々も頷きながら聞き入る。
「もし取引現場を毎回変えているとすれば、当然取引先を指定する手紙や地図もあるはずです。しかし、日時を指定する手紙しか見つからなかった……つまり、その手紙のどれかに暗号として場所を示しているのか、もしくは、毎回買取人の元まで商品である人間を届けに行っていたか、そのどちらかかと」
「なるほど。もしも後者だとしたら、かなり厄介だな」
「どうして?」
剣呑に目を細めて唸るジークに尋ねると、ルイスが補足してくれた。
「取引相手がアヴェンドールの人間であることは既に調査済みだろう? つまり、買取人の元まで届けるってことは、国境を越えるってことだ。当然神父も、馬車の荷台に乗っている売買の被害者もアヴェンドール人ではない。それを、関所が黙認しているということは、関所の兵士が人身売買に関与しているのか、もしくはアヴェンドールの国自体が人身売買に手を染めているか、って事だ」
「鎖国国家のはずが、国ぐるみで他国の人間を買い込んでいるってこと?」
「うん。だとすると、流石に僕達がだけでどうにかなる規模の問題じゃなくなるね。勿論、兵士に金を握らせて国境を通っている線もなくはないけど……」
ルイスがそこまで言うと、セインがふむと頷いた。
もしよろしければ、ページ下部のクリック評価や、ブックマーク追加、いいねで応援頂けると励みになります!




