第一章 勅命(3)
私とジークのやり取りを、ルイスが面白くなさそうに眺めて半眼になっている。
「兄上ばっかりずるい」
と、そこへ先程注文した料理が運ばれてきた。
「……ところで、行先がアヴェンドール王国になったのは良いとして、どうやって入国するおつもりですか?」
セインがチキンステーキをナイフで切りながらジークと私を見る。
アヴェンドール王国は排他的な事で知られる独立国家だ。
原則外国人の入国は禁止されており、国境は高い壁で覆われている。
アヴェンドール人は、褐色の肌に金髪赤眼という特徴的な外見をしており、素の状態では潜入も難しい。
「変化魔術を使うしかないだろうな」
「絶対的に外国人の入国を認めない国ですから、おそらくその対策はされていると思いますよ」
セインの言うことは尤もだ。
アヴェンドール王国の内部の情報がほとんど知られていないということは、それだけ中に入って出て来た人間がいないということ。
魔術師であれば自身の髪と瞳と肌の色を変えるなど簡単。それでもこれだけその国の情報がないのだから、それだけでは潜入できないと思っていた方が良いだろう。
そこまで考えて、ふと疑問を持った。
「ねぇ、アヴェンドール王国は外国人を受け入れない鎖国国家なんでしょう? それなのに外国人を買って、どうするのかしら? 労働力にするにしても、見た目で外国人だとわかってしまうから外には出せないわよね?」
素直にそれを口にすると、皆が視線を落とした。
あれ、何か悪いことを言ったかしら。
「……愛妾にするんですよ」
重たい沈黙に耐えかねたのか、アーネストが呟くように答えた。
「人身売買の対象はほとんど女子供……言ってしまえば少女です……目的はほとんど愛妾にするためですよ」
つまり、一生家の中に囲って、性欲の捌け口にするということか。
そんな目的で人を買うという発想、侯爵令嬢として生きて来たレリアにも、前世が日本の地味なアラサーOLだった私にも無くて当然といえば当然だ。
だが、前世で生きていた地球でも、遠い異国の地では少女を誘拐して売買する輩がいると聞いたことがある。売られた少女は結婚させられる事もあるとか。
どこの世界にも、下衆はいるんだな。
自分の顔から表情が消えたのがわかった。フォークとナイフを握る手に力が入り、小刻みに震えてしまう。
「落ち着け」
ジークに頭をぽんと撫でられて、我に返る。
「……助ければ良い。全員」
彼なり私への励ましの言葉を考えてくれたようだ。
私は素直に頷く。
「……いっそ強行突破するか?」
私の怒りを汲んでくれたのか、ジークが至極真面目に提案するが、セインがそれを一刀両断する。
「戦争になりますよ」
「じゃあ遮蔽魔術で気配消して潜入する」
「それが一番現実的ですが、それさえも対策が取られている可能性は高いかと」
流石は元筆頭魔術師だ。あらゆる状況を鑑みて意見をしている。
しかし、意見する度にちらちらと私を見て反応を求めるのは止めてほしい。正直鬱陶しい。
「とりあえず近くまで行ってみて、周辺を調べてみようよ。相手は人身売買の密売人と買取人なんだから、こそこそ入国するだろうし、怪しい奴がアヴェンドール国外で見つかればそこから芋蔓式で捕らえられるんじゃないかな?」
「それは一理ありますね」
セインに認められる案を出したルイスが、やや得意げにジークを見る。
しかしジークはルイスの視線など気付かず食事を続けている。
なんだかな、この兄弟。
「そういえば、この村から東はベルフェール公爵の領地だったはずですが、そちらの調査は良いのでしょうか?」
不意にサーシャが尋ねる。
気が付くと、彼女は誰より早く食事を終えていた。恐るべき早食いである。
「国内の調査なら、父上の権限でどうとでもなるからな。きっとセインの部下が既に調査団を送っているだろう」
「国外だと、いきなり調査団の派遣もできませんからねぇ」
アーネストが、骨付き肉を頬張りながら肩を竦める。
体格が良いだけに、豪快な食事が似合う男だ。
「それより、まずは何処から調べる? 手紙にはブルーバード公国を経由してアヴェンドール王国へって書いてあるけど」
「本来なら、二手に分かれるのが良いでしょうね。ブルーバード公国を調査するチームと、アヴェンドール王国を調査するチームに」
本来なら、という言い方が引っ掛かるが、セインがそう言うならそうするのが良いのだろう。
「じゃあ二手に分かれましょう」
私がセインの案を受け入れると、食い気味にジークが口を開いた。
「俺はレリアと行く」
「僕だって!」
「俺は立場上お二人と一緒じゃないと困るんですけどねぇ……」
「私も立場上レリア様と離れる訳には参りません」
チーム分けは困難を極めそうだ。
額を押さえた私に、セインが苦笑する。
「レリア様、おそらく二手に分かれるのは難しいと思いますので、明日の早朝に転移魔術でブルーバード公国に行き、軽く調査をしたら、すぐアヴェンドール王国に向かう事にましょう」
「軽く調査って、そんなので良いの?」
「私の勘ですが、ブルーバード公国はあくまでも経由地ですから、公爵がが逮捕された以上、仲介人も拠点を放棄している可能性が高いと思います」
それは確かにそうかもしれない。
拠点が放棄されていた場合、その調査に時間を掛けるよりも、アヴェンドールに向かってしまった方が良い。
「じゃあ、そうしましょう。今日はゆっくり休んで、明日に備えるって事で」
皆が頷いたところで、食後の紅茶が運ばれて来る。
今気が付いたが、セインが私達のテーブルにだけ遮蔽魔術を掛けていたらしい。
よく考えたら、今の会話の内容は、誰かに聞かれたらまずい。
流石は元筆頭魔術師だ。
感心しながらも、絶対に彼を誉める言葉だけは口にすまいと、紅茶を啜る私だった。
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