第一章 勅命(2)
大勢の客で賑わう食堂へ入ると、既にセインが窓際の席を確保し、待機していた。
流石筆頭魔術師になるだけはあり、気が利いていて仕事ができる男だ。
これでドMの変態でさえなければ。
「レリア様、何を召し上がりますか?」
私が座ると、彼はさっと左向かいに腰を下ろしてメニューの掛れたボードを差し出してくる。
私の右側にジーク、左側にルイス、私の正面にサーシャ、右向いにアーネストが腰掛ける。
本来ならばメイドであるサーシャが私と食事を共にすることはないんだけど、対外的に『冒険者』としているため、旅の間は主人とメイドではなく対等な仲間として接してもうことになっている。
とはいえ、常に敬語で話すのは本人の癖なのでそのままにすることになり、呼び方は「お嬢様」から「レリア様」に変わった。
「うーん……どれも美味しそうね」
田舎の宿の食堂だ。王都に済む侯爵令嬢が好むような料理はないだろう。
しかし前世の私は赤提灯系の居酒屋が好きだった地味OLだ。こういう店の方が高級レストランよりもよほど落ち着く。
王子であるルイスだけが、メニューを見ながら難しそうな顔をしている。
「鶏と豚と魚しかない……牛フィレステーキはないの?」
「田舎の宿の食堂にある訳ないでしょ」
「えっ! じゃあフォアグラは? キャビアは?」
「本気であると思って聞いてる?」
私がそう返すと、ルイスは不満そうに唇を尖らせた。
「えぇ……久し振りにまともなご飯が食べられると思って楽しみにしていたのに……」
「ルイス、この程度で音を上げるなら、お前に旅は無理だ。もう帰れ」
呆れた様子で断じるジークに、ルイスはムッと眉を寄せる。
「兄上には言われたくない! 兄上こそ、食べられるもの、この中にあるっていうの?」
「ああ、俺はポークソテー定食だ。全く問題ない」
王城にいた頃から城を抜け出しては町の食堂で食事をしていたジークからすれば、この店は同じような感覚だろう。
「私はチキンピカタにしようかな」
平然とメニューを選ぶ私に、サーシャとアーネストが不思議そうな顔をする。
「レリア嬢こそ、侯爵令嬢なのに文句言わないんですね」
「私も意外でした。てっきり、牛フィレステーキが食べたいと仰るかと……」
「私はこういうお店好きなのよ。そうじゃなきゃ、旅になんて出ないでしょう?」
侯爵令嬢として、侯爵家の馬車を使って旅をすれば、行く先々で高級料理でもてなしてくれるだろう。しかし、私が求めているのはそういうことではないのだ。
「……ん?」
妙な気配がして視線を巡らせる。
殺気ではないが、何だろう。
と、ジークとセインも気が付いたようで、窓の外に視線を投じた。
そこに、白い鷹のような鳥が飛んで来た。
「鳥?」
首には紋章が入った飾りがついており、脚に手紙が括りつけられている。
その紋章がウェスタニア国王のものだと、一目でわかった。
「これはクラッドの使い魔だな」
ジークはそう言いながら鳥の脚から手紙を外した。
そして広げて紙面に視線を落とし、剣呑に目を細める。
「……どうしたの?」
面倒臭そうな顔をするジークを覗き込むと、彼は嘆息しながらそれを私に見せてくれた。
『親愛なる我が息子達 ジーク ルイスよ
突然王子二人が、許可もなく城を飛び出すとはどういう了見か。
父は悲しい。悲しいぞ。
貴族連中が何を言うかわかったものではない。毎日小言を言われる父の身になってみろ。
そこで、お前達は『ベルフェール公爵の余罪調査のための外出』ということにした。
どうだ。良い案だろう。
その後の調査で、ベルフェール公爵が人身売買を行っていたという情報も掴んだ。どうやらブルーバード公国を経由してアヴェンドール王国の人間に売りつけていたらしい。
という訳で、調査して来い。共犯者が必ずいるはずだ。関わった者を捕らえてこちらに送れ。
そうすれば今回の家出については大目に見てやるどころか、王位継承前の遊学という事にしてやっても良い。ついでにベルフェール公爵のとばっちりを受けたメルクリア侯爵の娘、レリア嬢との婚約も認めてやるぞ。
以上、偉大なるお前達の父より』
意外。
その言葉が真っ先に浮かぶ。
ウェスタニア王国の今代の国王と言えば、厳格で聡明な名君と名高い。
あの舞踏会の時含め、何度か謁見したことがあるが、少なくともこんな巫山戯た文面の手紙を送りつけてくるような人にはとても見えなかった。
「……うへぇ。面倒なことになったなぁ」
手紙を覗き見たルイスもげんなりした顔をするが、この文面には何も思わないのだろうか。
「これ、本当に国王陛下からの手紙なの?」
「ああ、間違いない。父上はこういう人だ。君主としては最高だろうが、父親としてはちょっと面倒臭い」
「意外すぎる……」
私が思わずそう呟くと、サーシャがやれやれと肩を竦めた。
「レリア様、以前も申し上げましたが、人の外見に騙されないでください。レリア様は人を見る目が節穴過ぎます」
「節穴って何よ、失礼ね」
むっとして言い返すが、一連の事件が起きる前、ベルフェール公爵の人のよさそうな顔に騙されていたので、あまり否定できなかったりする。
「……兄上、どうする? 引き受けるの?」
「無碍にはできないだろう……だが、そうなるとこの調査にレリアも巻き込むことに……」
ごにょごにょと両サイドから聞こえてきて、私は二人を交互に見た。
「何言っているの? 勅命なのにやらないなんて選択肢がある訳ないでしょう? それに、ベルフェール公爵の余罪追及なら、メルクリア家にも関係あるし放っておけないわよ」
実際、人身売買が行われていたと聞いてしまっては、放っておけない。
人身売買の被害に遭うのは、大体女子供だ。
ベルフェール公爵が逮捕されてまだ数日。きっと被害者はまだ捕まっているし、下手をすれば証拠隠滅のために殺されかねない。
「元々ブルーバード公国には向かうつもりだったし、アヴェンドールはその先でしょう? 当てのない旅だったのが、行先が決まっただけよ」
私が宣言すると、ジークは一瞬驚いた顔をした後、ふっと相好を崩した。
「はは、流石だな。惚れ直したぞ」
「へっ?」
今のどこに惚れ直す要素があるのかわからず、不意打ちの告白に頬が熱くなる。
私は誤魔化すために手をぱたぱたと振った。
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