第一章 勅命(1)
ウェスタニア王国の領土は広い。町と町の間が広い森や高い山で遮られていることもよくある。
危険な所は飛翔魔術を使いつつ、私達は何とか四日掛けて国境沿いの村の一つ、バルバーリに到着した。
当然、道中野宿も経験した。
アーネストが騎士としての遠征経験で培った技術と知識で大活躍する中、意外にもジークも本で得たという知識でテキパキ動いてくれた。
サーシャは獣人としての本能なのか、彼女の母シャトーの教育の賜物なのか、場所が森でも草原でも、完璧に私の世話をこなしてくれて内心驚いた。
野営に於いて役立たずだったのはルイスとセインだ。
やや潔癖気味のルイスは、口にはしないが嫌そうな顔で寝床の確認をしていたし、セインに至っては虫や爬虫類が大の苦手らしく、蜘蛛や蛇を見つけては悲鳴を上げていた。
私はというと、前世で子供の頃に親の方針でガールスカウトに入っていた経験があるため、アウトドアは嫌いじゃなかったりする。
大人になってからはインドアに磨きがかかって、休日はゲーム漬けだったけど。
ちなみに、一人暮らし経験も長かったので、あの黒光りする虫が出ても悲鳴を上げる前に丸めた雑誌で叩き潰せるくらいの逞しさは持ち合わせている。侯爵令嬢にはあるまじき姿だろうけど、野営に当たってこの逞しさはとても役に立った。
それに、野営とはいえ、この世界は魔術が存在するので、火起こしも水の心配も要らず、とても快適だった。
更に六人中四人が魔術師、残る二人も戦闘力の高い騎士と獣人なので、万が一魔物に襲われたとしても大丈夫、という安心感が大きかった。
この面々なら、どんな魔窟でも大丈夫そうな気がする。
そんな事を考えていると、ふと私の頭に影が落ちた。
「レリア」
名を呼ばれて顔を上げると、宿屋の前でジークが神妙な顔をしていた。
彼はジーク・ウル・ウェスタニア。ウェスタニア王国の第一王子。
淡い金髪に深紅の瞳、背が高く引き締まった身体のイケメンである。
不意打ちで顔を近づけられるとドキリとしてしまう。
誤魔化すように視線を泳がせると、その彼の向こうで、部屋の空きを聞きに行って戻って来たセインが、何とも言えない期待に満ちた顔をしているのが気にかかった。
セイン・プレヴリューズ。ウェスタニア王国の元筆頭魔術師。
長い金髪を首の後ろで束ね、碧眼にモノクルを掛けている。
童顔で十代半ばにも見えるが、実は一番年長の二十五歳である。
私の疑問を悟って、ジークが意味深な口調で説明する。
「部屋は二部屋しか空いていないそうだ」
「二部屋?」
「ああ。二人部屋と四人部屋らしい」
それで何を神妙な顔をしているのだろう、と思った瞬間、横から現れたルイスがさっと私の手を取った。
ルイス・ワン・ウェスタニア。ウェスタニア王国の第二王子。ジークの異母弟だ。
サラサラの金髪に翠の瞳で、穏やかな笑みが良く似合う、見た目はいかにも童話に登場しそうな王子様然とした青年である。
「レリア! 兄上のような野獣と同じ部屋なんて、僕がさせないから安心して!」
「おいルイス、誰が野獣だ、誰が」
眦を吊り上げるジークは、私の肩を抱き寄せた。
「レリアは俺の婚約者だ! 俺以外が同室なんてありえないだろうが!」
「婚約者じゃなくて、婚約者候補だろう? まだ僕が介入する余地はある! 僕は認めないからね!」
「お前の許可は必要ない!」
私を置いてけぼりに、二人は口論を始めてしまった。
「どこでも喧嘩するなんて、下品で嫌ですねぇ」
そんな彼らを尻目に、にこにこしながら毒づくセインが私の隣にすすっと移動してきたので、私はひょいとその場から退く。
そんな私の態度にさえ、セインが歓喜しているのが正直気持ち悪い。
「何を馬鹿なことを言っているのかしら……サーシャ、行くわよ」
すんとした顔で、私はサーシャを伴って宿屋に入っていく。
「二人部屋は私達が使います。もう一つの部屋は彼らに」
入口のドアが開いていたので、一部始終を見ていたのだろう。宿屋の主人は苦笑いしながら頷き、部屋の鍵を一つ差し出してくれた。
「モテる女は大変だねぇ」
私は何とも言えない気持ちで、曖昧に笑いながら頷く。
地味なアラサーOLだった前世の私からは、考えられない状況だ。
ゲームのキャラクター故に、全員が美形なので、彼らから求愛されるのは正直悪い気はしない。
だが、良心の呵責で、複数の男を侍らせているこの状況は居た堪れないのが本音だったりもする。
ちなみに、第一王子と第二王子が護衛も連れずぷらぷらしていることが市民に知られると面倒なことになるので、私達はあくまでも「魔物を討伐しながら生計を立てている冒険者」ということにして旅を始めた。
城下町でない限り、ジークもルイスも質素な服を着ていれば素顔のままで歩いてもまさか本物の王子だとは思われないようで、魔術で変装をせずともバレる気配はない。
「レリア! お前勝手に……!」
私が一足早く宿屋に入ったことに気付いたジークが追いかけて来たが、私はべっと舌を出して二人部屋に入った。
「サーシャ、万が一他の誰かがお金払うから部屋を変われと言っても、絶対に変わらないでよ」
サーシャに念を押すと、彼女の眉毛がピクリと動いた。
どうやら私との相部屋権を誰かに高値で売るつもりだったらしい。それでも私専属のメイドか。この守銭奴め。
「私の役目はお嬢様のお世話であり、相部屋でなくともお世話はできますから」
私の考えを読んだのか、サーシャはそう言い訳した。
「ボーナスの金額を上げるから、私の護衛もこなしてくれる? 主に男共から」
「承知しました」
ボーナス、という単語に反応したサーシャは食い気味に頷く。
と、部屋のドアがノックされた。
「レリア嬢、食事は下の階の食堂だそうです。行けますか?」
アーネストの声だ。先程の部屋割りの争いに、唯一参戦せず傍観していた男である。
「はーい。今行くわ」
手荷物を置いてドアを開けると、燃えるような赤い髪に翠の瞳の青年が立っていた。
アーネスト・レイ・バーティア。国王直属騎士団の団長で、私に釣られて城を飛び出したジークとルイスを連れ戻すよう国王から命じられている人物。
その割に、王子らを説得もせずに旅に同行しているので、いまいち彼の考えている事が読めないでいる。
「ジーク達は?」
この数日の間に、呼び名はすっかり呼び捨てで定着した。
というか、婚約者候補になった日の翌日、敬語も敬称も不要だと言ったのが未だに有効だったらしく、「殿下」と呼ぶとすごく嫌な顔をされてしまうので、仕方なく呼び捨てにしている。
更にそれに便乗して、ルイスもセインも「敬称無しで名前で呼んでくれ!」と強く希望してきたので、そのようになった。
「もうすぐ来ます。セイン殿は食堂に怪しい者がいないか調べるって言って、先に行きました」
「そう」
頷いた時、ジークとルイスが隣の部屋から出て来た。
「悪い、待たせたか?」
「ううん。大丈夫。行きましょう」
私達は、サーシャも含めた五人で食堂へ向かった。
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