第十三章 決着(5)
爽やかな風が吹いている。
自ら発動させた転移魔術により、私は草原に立っていた。
王都から少し離れた、メルクリア領の土地だ。
気持ちを切り替えるつもりで、思い切り伸びをする。
「んーっ! 身軽って最高! さーて、これから何処に行こうかな!」
とりあえず王都から離れて旅をしよう。魔術が使えればお金の心配はいらない。
「お嬢様」
背後から声をかけられ、びくりとする。
「サーシャ! 何でここに?」
「私から逃げられるとお思いですか? 諸々の支払いがまだです」
ずいと詰め寄ってくるサーシャ。目が怖い。
「あー、ごめん、すっかり忘れてたわ……でも今はお金持ってないし、私の部屋の金庫から勝手に取って良いわよ。私はもう戻らないから」
「そんなことをすれば私が母に殺されます」
確かに、私が許可を出したとしても、シャトーはサーシャが主人の金庫に触れることを良しとはしないだろう。
「それに、私は旦那様にお嬢様のお世話を命じられています。お嬢様が何処へ行こうと、お嬢様の一存では私を解雇することはできませんよ」
「う……でも、だからってサーシャが一緒に来るなんて……」
サーシャが一緒ならば心強いのは事実だが、彼女がついてくるとなるとメルクリア家との繋がりも残ってしまう。
どうしたものかと視線を泳がせた、その時。
「一緒に行くのはメイドだけじゃないぞ」
声がした。
反射的に胸が高鳴ってしまい、自分の気持ちを再認識する。
振り返ると、そこには先程転移魔術で振り切ったはずのジーク王子が立っていた。
「殿下……どうして……」
「お前の魔力を辿った。お前が旅に出るなら、俺も行く」
そうだ。忘れていた。
ジーク王子は魔術師としても天才だった。
頭を抱えつつ、私は彼を突き放す言葉を探す。
「私は一人でのんびり生きていきたいの! 第一王子が一緒じゃのんびりできないでしょ! 私は王妃になんてなりたくないんだから!」
「王位はいざとなればルイスが継いだって良いんだ。アイツは俺に及ばないだけで、決して出来が悪い訳じゃないからな」
彼はそう言って破顔する。
「俺は、お前と王位のどちらかを選べと言われたら迷わずお前を選ぶ!」
そんな殺し文句、ずるい。
ジーク王子が、次期国王としての自覚と覚悟を持って生きて来た事を知っている。
それを、私のためなら投げ打つことも厭わないと言うなんて。
私は熱くなる頬に思わず手を当てた。
「……流石にこの状況でついていくのは野暮ですね」
すん、とした顔でサーシャが呟く。
金が絡んでいるのにサーシャが引き下がるなんて、天変地異の前触れか。
驚いていると、そこへまた別の声が響いた。
「いや、僕は一緒に行くよ!」
「ルイス王子殿下っ?」
突然現れたルイス王子に、素っ頓狂な声を上げてしまう。
「お前! どういうつもりだ!」
「僕もレリアを諦めるつもりはないってことさ! 今回ばかりは譲らないよ!」
「他のものなら何を譲っても良いが、レリアはダメだ!」
ジークとルイスが言い合いを始めてしまい、私はぽかんとその様子を眺めるしかなかった。
「やれやれ、レリア様を困らせて、何をしているんですかねぇ」
溜め息と共に、すっと視界に入って来た人物に、私は思わず飛び退いた。
「セイン!」
「ああ、レリア様に名前を呼んで頂けて恐悦至極!」
身震いして感激している様子のセイン。違う意味でこちらも震えが走る。
「レリア様が行かれるのならば、私もお供いたします!」
「王国筆頭魔術師が何言ってんのよ!」
「その称号は後進に譲りました! 今の私はただのセインです!」
その言葉に、ジークとルイスが同時に振り返る。
「セイン、自分が何を言っているのかわかっているのかっ?」
「王国筆頭魔術師という称号を何だと思っているんだ!」
口々に罵るが、当のセインは飄々とした様子で肩を竦める。
「僕に言わせれば、貴方達こそ何を言っているんです? 王子という立場を捨てる覚悟もなく、レリア様についていくおつもりですか?」
その言葉に、ジークとルイスは顔を見合わせる。
いや、ちょっと待て。この流れは良くない。良くなさすぎる。
「私抜きで話を進めるなーっ!」
ジークとルイスがこの場の勢いだけで王位継承権を放棄するとか言い出す前に遮って叫ぶ。
「おー? なんか盛り上がってますねー?」
「アーネストっ?」
場違いな程のほほんとした様子で現れた騎士団長にぎょっとする。
「貴方まで、一体どうして……」
「国王陛下が、レリア嬢だけでなく王子殿下二人とセイン様が王城から転移魔術で飛び出したことを悟って、俺を送ったんですよ。全員連れ戻せって」
そう言いながらも、これが一筋縄では行かない状況だと察している様子だ。
「……困ったなぁ。殿下達が一緒じゃないと、俺も城に戻れないんですけど」
「では、皆で旅に出てしまいましょう」
苦笑するアーネストに、サーシャが名案だと言わんばかりに手を叩いた。
「はっ?」
「ジーク王子殿下もルイス王子殿下も、現国王陛下が健在である以上、今すぐ王位継承権をどうこうする必要はないでしょう? セイン様は何を言ってもお嬢様についてくるでしょうし、そうなれば必然的にアーネスト様も説得という名目で同行せざるを得ない……これだけ大所帯なら私も同行しやすいですし」
「いやいやいや、私は一人でのんびりと暮らせる場所を探しに行くのに、皆で行ったらのんびりできないじゃない!」
私は咄嗟に拒否するが、誰も聞いていない。
「本当はレリアと二人きりが良かったが、この際仕方ないか」
「兄上と二人きりなんて僕が許さないよ。それなら僕も行く」
「私はレリア様がいらっしゃる場所なら何処へでも参ります! ああ、お嫌そうなお顔もお美しい!」
「全員が行くってなると、俺も同行せざるを得ないですねー」
「……と、いうことですので、お嬢様、今後ともよろしくお願いします」
サーシャにしてやられた気がする。
私は天を仰ぎ、力の限り叫んだ。
「私ののんびり人生を返せーーーっ!」
こうして、総勢六名で旅に出ることが決まってしまった。
案の定というべきか、旅先では様々なトラブルに巻き込まれることになるんだけど、それはまた別のお話で、この時の私は知る由もなかった。
『悪役令嬢に転生したら正体がまさかの殺し屋でした』はこれで一旦完結です。
私の稚拙な小説に最後までお付き合い頂き、心から感謝いたします。
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