第十一章 進展(3)
闇の中から現れたのは、金髪碧眼の青年だった。
ミルマに似た面差しで見覚えのある彼は、間違いなくベルフェール公爵家の長男であるクリフだ。
しかし、様子がおかしい。
「……クリフ?」
ジーク王子が呼びかけるが、反応がない。
碧の眼はこちらを向いているが、焦点が合っていないように見える。
「……殿下、もしかして彼、誰かに操られてるんじゃ……」
「そうみたいだな……だが、一体誰に……」
王子が目を細める。
相手を操作する魔術には主に二つの種類がある。
一つは、先程のアーネストが掛けられていたような、意思を持って一挙手一投足をリアルタイムで操り、操る対象を介して会話も可能とする操作魔術。
もう一つは、シルヴィがディアスに用いたような、一つ一つ命令を下して相手を操作する魅了魔術だ。
魅了魔術の大きな特徴は、喋らせると棒読みになってしまったり、目の焦点が合わなくなるといった不自然さが出てしまうことだ。
そう、今のクリフのように。
「……あれだ」
王子が何かに気付いたように呟き、クリフの手元を指差した。
「指輪?」
未婚のはずのクリフが、薬指に大きな宝石のついた指輪をしていた。
この世界では貴族であっても未婚男性が指輪をすることはほとんどない。
「禍々しい魔力が滲み出ている。強い魔具か……それとも何かが封じられていたものか」
昔は強すぎる魔物を退治できなかった際、魔具に封じ込めていた、というのは聞いたことがある。
もしあの指輪がそうなら、クリフは魔物に取り憑かれたということか。
と、クリフの唇が動いた。
「……コロス、メルクリアノニンゲン、ダイイチオウジ、ゼンイン、コロス」
何な感情もなく言い放ち、クリフは右手を突き出した。
「殲滅魔術」
刹那、凄絶な魔力が彼から噴き出し、黒い塊となってこちらに放たれた。
あまりの禍々しさに、当たれば死ぬと直感する。
「っ! 防御魔術! 風壁!」
王子が立て続けに叫び、魔力が渦を巻く。
王子の魔力が黒い塊を受け止めたかのように思えたが、しかし黒い塊は王子の魔力を丸ごと呑み込んでしまった。
「なっ!」
防御魔術が一瞬で破られ、王子が愕然とする。
まずい、このままでは二人とも殺される。
「……殿下、この後起きることは、見なかったことにして」
私は気休め程度の気持ちでそう言い、両手を掲げた。
「浄化魔術!」
浄化魔術はあらゆる穢れを祓う。
殲滅魔法のような強大な攻撃性の魔術でさえも。
私の声に呼応し、溢れ出した清廉な魔力が部屋を包み込んでいく。
その瞬間、ぱらぱらと黒い塊が砕け散った。
更にクリフも、浄化魔術を受けて解放されたのか、その場にどさりと倒れ込んだ。
「……嘘だろ、浄化魔術って……じゃあ、母上を助けたくれたのは……」
全てが繋がった王子が、信じ難いものを見るような目で私を見る。
「見なかったことにして」
視線を合わせないようにしながらもう一度告げる私に、王子は食い下がった。
「そうはいくか! 聖女であった上に母上の恩人なら、尚更手放す訳には……!」
「私は、王妃にはなりたくないの。何にも縛られずに生きたい」
強く言い切り、私は王子を尻目にクリフに歩み寄った。
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