第十一章 進展(1)
サーシャが歩き出したので、私達はそれに続いた。
「……そういえば、夜中に私を訪ねてきたって、何か急用だったの?」
隣を歩くジーク王子に尋ねると、彼は頬を掻いた。
「あー、母上の容態が回復したことを明日知らせようと思っていたら、セインから今日知らせてきたと聞いて、つい……」
「つい?」
「俺の婚約者候補なのに、他の男がのこのこ会いに行ったのが気に入らなかったんだよ」
拗ねたように言うジーク王子。月明かりに照らされた頬が赤い。
庭園で暗殺失敗した時に見せた冷たい顔と、今の顔が違いすぎて同一人物か疑いたくなる。
俺様キャラかと思われたジーク王子の、思わぬデレの一面。
―――――悪くない。
うっかり絆されかけてしまい、私は頭を振った。
いかんいかん。
ジーク王子は悪い奴ではないが、好きになってもいい事はない。
自分は王妃なんて柄じゃないし、自由に生きたいのだ。
彼と結婚してしまえば、それは叶わなくなる。
気をしっかり待て自分。
言い聞かせていると、サーシャが足を止めた。
そこは公爵邸ではなく、旧教会から程近い空き家だった。
貴族の屋敷ではない一般市民の一軒家で、旧教会の敷地と同様に庭は雑草が茂っている。
灯りも点いておらず、人の気配はない。
「ここ?」
「はい。間違いありません。クリフ氏はこの家の中にいます」
公爵子息がこんな普通の家にいるとは思い難いが、公爵である父親のことを考えると、息子であるクリフも何かしら罪を犯していて、自分の罪が露見する前に姿を眩ましたとしたら、こういう場所に潜伏していてもは不思議はない。
「……俺が行く。お前達はここで待て」
ジーク王子が一人で乗り込もうとするので、私がそれを制した。
「流石に王子を一人で行かせる訳にはいかないわ」
「そうです、それなら俺が……」
「アーネスト様が行かれても、また操られてしまうかと思いますが」
サーシャがぴしゃりと断言すると、アーネストはぐっと言葉を詰まらせて黙り込んだ。
「じゃあ私が行く」
名乗り出ると、ジーク王子が血相変えて私の腕を掴んだ。
「お前を一人で行かせられる訳がないだろ!」
「どうして?」
侯爵令嬢とはいえ、あらゆる暗殺術を叩き込まれて育ったのだ。こんな空き家に潜入して様子を探るくらい造作もない。
しかし、そんなことなど知らないアーネストが物凄い勢いでジーク王子に同調する。
「当たり前じゃないですか! 侯爵令嬢にして第一王子の婚約者候補ですよ? 何かあったらどうするんです!」
「なら、二人一組で行動するのはいかがでしょう?」
口を挟んだサーシャに、ジーク王子は頷く。
「そうしよう。じゃあ、レリアは俺と家の中を探ろう。アーネストとサーシャはここで待機だ」
「え、殿下と俺で中に入るんじゃないんですか?」
「女二人を夜中に外で待機させるのか?」
普通の感覚であれば、王子の意見が正論だろう。
ただ、私の見立てではこの中で魔術なしの戦闘能力が最も高いのはサーシャだ。
獣人の身体能力は人間の比ではなく、幼い頃に暗殺術の訓練の一環で体術勝負をした時は勝てたこともあったが、今ではすっかりだ。
騎士団長であるアーネストも剣術はピカイチだろうが、獣人相手だったらどこまでそれが通用するかわからない。ジーク王子も同様だ。
しかし、獣人は魔術が使えない。相手に魔術を使われたら不利になってしまう。
この中で魔術が使えるのはジーク王子と私。
それを考慮すると、本来最適なのは私とアーネスト、ジーク王子とサーシャという組み合わせだろう。
とはいえ、サーシャが獣人であることも、私が魔術を使えることも秘密なので、異は唱えないでおく。
「まぁ、それはそうですが……」
「もし何か異変を感じたらすぐに呼べ。この家の規模なら、ここからでも大声を出せば聞こえるはずだ」
まだ何か言いたげなアーネストにそう言い置くと、私の手を掴んで家の玄関の方へ向かって歩き出した。
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