第十章 襲撃(4)
気を失ったアーネストの横っ面を、サーシャが思い切り引っ叩いた。
「サーシャっ?」
「お嬢様のお命を狙った罰です」
すん、とした顔で言い返して、サーシャはアーネストの前から退く。
「……う、ん……あれ? 俺、一体何を……」
アーネストが目を覚まし、辺りを見ながら顔を上げる。
目の前に立ち塞がるジーク王子を見た瞬間、声にならない悲鳴をあげてその場で頭を下げた。縛られているのでかなりきつそうな体勢だ。
「ジーク王子殿下! 大変な失礼を……! え、俺、何で縛られて……?」
「いや、お前のせいではない。顔を上げろ。お前を操っていたのは何者だ?」
「操っていた……?」
アーネストはまだ自分の状況が理解できていないらしい。
仕方なく私から経緯を説明すると、彼は見る見るうちに青褪めた。
「メルクリア侯爵令嬢にまでそんなご迷惑を……!」
「詫びは後で良い。とにかく、お前を操っていたのが誰かを教えてくれ」
「それは俺にもわかりません……夕方、城内警備の仕事を終えて帰宅しようとしたところからの記憶がなくて……」
肩を落とすアーネスト。国王直属の騎士団長が、何者かに操られたなど恥以外の何物でもないだろう。
「ちょっと失礼」
サーシャが不意に、縄を引っ張ってアーネストに顔を近づけた。そのまま、すんすんと匂いを嗅ぐ。
「うぇっ? ちょ、何っ……?」
動揺するアーネストをよそに、サーシャは眉を顰めた。
「この匂い……ベルフェール公爵のご子息、クリフ氏のものです」
クリフ・クバ・ベルフェール。ゲームには登場しないが、ミルマの兄で、確か歳は24歳。次期公爵となるはずだった人物だ。
妹の王妃暗殺未遂と、父の様々な罪が明るみに出て、公爵家は爵位の剥奪は免れない。路頭に迷うかもしれない自身の身を憐れんで、私を逆恨みしたのだろうか。
その名を聞いたジーク王子は、僅かに首を捻った。
「クリフ? クリフは魔術師じゃないぞ。こんな高度な操作魔術、魔具を使ったってそうできるもんじゃない」
「しかし、匂いは間違いなくクリフ氏です。アーネスト様の匂いとは全く違うので、私が間違えることは絶対にありません」
そういえば、昨日城門の所で、サーシャはアーネストのことをいい匂いだと言っていた。
獣人にしかわからないものなのだろうが、匂いに煩いサーシャがその匂いを嗅ぎ分けられないはずはない。
「そうか……なら、クリフが今どこにいるか、追えるか?」
「可能です」
即答するサーシャ。しかし動こうとはしない。
何か言いだけな顔を私に向けてきたので、察した私がジーク王子に耳打ちする。
「サーシャは無料働きは絶対にしないの」
「ああ、なるほど。なら、見つけ出したら金貨十枚出そう」
「こちらです」
王子の提示した破格の報酬に、サーシャは食い気味に答えて歩き出す。
縛られていたアーネストが引き摺られかけたので、流石に止めて縄を解いた。
「あ、ありがとうございます」
「流石に見ていられなくて……うちのメイドがごめんなさい」
何だか私が申し訳なくなって眉を下げる。
「いえ、縛られて当然のことをしてしまったので」
「それだって貴方が悪いんじゃないでしょう?」
「相変わらずお優しいのですね」
キラキラした笑顔を向けてくるアーネスト。やはり彼はゲームと変わらず爽やかな好青年なのか。
と、不意に背後から手が出てきて、私の目を覆った。
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