第一章 標的(4)
舞踏会が始まるよりかなり早い時間に、私は父と共に馬車に乗って自邸を出発した。
城門が開き、会場となる大広間に入れるのは開始の二時間前からだ。
私達はそれとほぼ同時に場内に入り、現場の様子を調べておくことにしたのだ。
父が調べてくれた情報によると、王子達が会場に現れるのは、開始時刻とほぼ同時の予定らしい。それまでは自室で寛いでるとのことだ。
そう話す父の顔には、「舞踏会開始前に王子の自室に忍び込んで命を頂戴して来い」と書いてあった。
殺人など犯したくない。
しかしそれを回避する術を持たないまま、ここまで来てしまった。
いくらやりたくなくても、やらなければメルクリア侯爵家は終わる。
ベルフェール公爵を敵に回したら、この国では生きていけないのだ。
ぐるぐる考えているうちに、城の大広間まだ来てしまった。中に入ると、父は知り合いの貴族に声をかけられて足を止めた。
私は挨拶だけ済ませたが、手持ち無沙汰になって広間の端に寄る。
「あら、ごきげんよう、レリアさん」
声をかけられて振り向くと、できればあまり顔を合わせたくなかった人物がいた。
「ごきげんよう、ミルマ様」
金髪碧眼の彼女はミルマ・イユ・ベルフェール。ベルフェール公爵の長女だ。歳は私の一つ上で、彼女もまた、私と同じくルイス殿下の婚約者候補に名を連ねている。
公爵家との関係上、私とは幼馴染のような関係だが、彼女は親が見ていない場所では私をいいようにこき使うので、できれば二人きりにはなりたくない相手だったりする。
自分がレリアの立場になってみて、彼女の方が悪役令嬢が似合うのではとしみじみ思うが、ゲームの中では彼女はヒロインを気に入ってあれこれ世話を焼いてやるという姉御的存在だ。
ゲームをプレイしていた時は好きな女性キャラの一人でもあった。
しかし、レリアの記憶にある彼女が意地悪過ぎて、今となっては嫌いなキャラランキングでぶっちぎり優勝である。
「……お父様からお仕事のお話は聞いてるわよね? しくじったらただじゃ置かないから」
顔を寄せて、私にしか聞こえないくらいの声で凄む。
「国王になるのはルイス様、そして王妃になるのはこの私よ」
そう宣言して、くるりと踵を返して去っていく。
今のこの世界での彼女は、ルイス殿下にいたくご執心なのだ。
当然、同じく婚約者候補の一人である私をライバル視しており、事あるごとに突っかかってくるようになってしまった。
そもそもルイス殿下との結婚を望んでいない私からしたら良い迷惑だ。
げんなりしつつ、私は気を取り直して辺りの様子を伺った。
厳重な警備。国王直属の近衛兵が至る所に配備されている。
王族が入ってくる扉、その後に座る椅子の位置を確認し、頭の中で様々なケースをシミュレーションする。
悲しいかな、前世の記憶が戻る前のレリアの能力は健在なので、叩き込まれた暗殺術のどれを用いたら最も効率が良いか、自然と頭の中で計算してしまうのだ。
殺人など犯したくないと思っているのに、頭の中に住むレリアの人格が緻密な計画を立て始めている。
舞踏会の最中は人の目が多く注意が必要だが、逆に言うと隙も生まれやすい。
できれば事故に見せかけるのが最善だが、死に至らしめることができるような事故が果たして起こせるだろうか。
それに、万が一舞踏会が終わるまでに遂行出来なかった場合に備えておく必要もある。
私は父に目線を送り、一旦大広間を出ることにした。