第九章 浄化(4)
翌朝、どこから聞いてきたのかはわからないが、王妃殿下の容態が急に良くなったらしい、とサーシャが教えてくれた。
よし、あとはどうにかジーク王子の婚約者候補から外れて、ベルフェール公爵からの報復を跳ね除ければ、待っているのは平穏でのんびりとした暮らしだ。
待っていろ平穏な未来!
私はぐっと拳を握り締めた。
ちょっといい気分で朝食を摂る。
「お嬢様、お客様です」
食後の紅茶を飲み始めた頃、使用人がやって来てそう告げた。
来客の予定などなかったはずだ。客は誰かと尋ねると、彼女はやや困ったように眉を下げた。
「それが……セイン・プレヴリューズ様です」
王国筆頭魔術師が城を出て、侯爵家を訪ねてくるなどあり得ない。
私は背後に控えていたサーシャを振り返った。
私の意図を汲んだ彼女は、小さく頷いて鼻を動かす。
「……間違いありません、本物のセイン様です」
ここからでも匂いで判別できるとは、獣人の血は恐ろしい。
「……応接間へ通して。すぐ行くわ」
使用人にそう伝え、食後のお茶を飲み干して席を立つ。
応接間へ入ると、ソファに腰掛けていたセインが一度立ち上がり、穏やかな笑みを向けて一礼した。
急いでいる様子がないところを見ると、どうやら緊急性はなさそうだ。
「おはようございます。レリア嬢」
「ごきげんよう。セイン様。本日はどのようなご用件でしょうか?」
尋ねながら、彼の向かいに腰を下ろす。セインもソファに座り直した。
「王妃殿下のご体調が急に回復したので、そのご報告に」
「そうでしたか。それは良かったです。ご丁寧に知らせてくださってありがとうございます」
にこやかに応じると、セインはほんの僅かに目を細めた。
「体調が戻られた直後の王妃殿下のお部屋に、貴方の気配がありました……どういうことか、ご説明頂けませんか?」
どきりとする。
まさか気配を気取られるとは予想外だ。
遮蔽魔術は、姿を見えなくすると同時に気配も消してくれるはずなのだ。
「説明と言われましても……ジーク王子殿下とセイン様と一緒に王妃殿下のお部屋に入った時のものが残っていたのでは?」
私は平静を装って惚けるが、セインはにこにこしながら追及してくる。
「私の感知魔術は丸一日まで遡って気配や魔力を察知します。誤りはありません」
自信満々のセイン。しかし私も、昨夜王城に忍び込んだということは絶対に認める訳にいかない。
「何のことか私にはさっぱり……」
素知らぬ顔をして見せるが、セインは無言のまま私をじっと見つめてくる。
嘘偽りを許さないとでも言うような、強い眼差し。
そういえば、ゲームではセインは穏やかと見せかけて腹黒ドSキャラだったっけ。
しかし、ドSが何だ。こっちは聖女だ。内緒だけど。
私は宣戦布告を受けるような気持ちで、真正面から挑むようにセインを睨み返した。
「……城にはセイン様が張り巡らせた防御陣があるはずです。私のような人間が侵入できるはずがありません……それとも、私のようなただの人間でも侵入できてしまうような穴だらけの防御陣なのですか?」
ちょっと厳しい言い方をしてしまったが、これなら彼も反論できまい。
王国筆頭魔術師が、魔力を持たない(ということになっている)貴族の娘の侵入を防げなかったなど、認める訳にはいかないはずだ。
「……なるほど、貴方が侵入を認めるのは、私の防御陣が脆弱であったことを吐露すると同義、という事ですね」
セインが小さく息を吐く。
それから、暫しの沈黙。
「……素晴らしい」
突然呟かれた言葉が理解できず首を捻ると、彼はばっと立ち上がった。
「その聡明さ! 私の防御陣を潜り抜ける実力! どれをとっても素晴らしい! そして何より、その鋭い眼差し! ああっ! 心が震える!」
早口で捲し立てたかと思うと、セインは私に跪き、キラキラした目を向けてきた。
「貴方様こそ私の理想の女性です! どうか貴方様にお仕えすることをお許しください!」
意味不明な言葉の連続に、思考が停止する。
何がどうしてそうなった。
王国筆頭魔術師が、一介の侯爵令嬢に仕えて良い訳がないだろ。
ゲーム内では腹黒ドSキャラだったはずのセインが、どうやらこの世界ではドMになってしまったようだ。
「無理!」
思わず距離を取り反射的に叫ぶと、しかしセインは嬉しそうな顔で頬に手を当てる。
「ああ! その拒絶のお顔さえ美しい!」
ダメだこりゃ。
私は天井を仰いだ。
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