第八章 聖女(5)
願いを叶える羽ペン、それはゲームにも登場したアイテムだ。
名前だけ聞くと万能の魔具のように思えるが、使用者が私利私欲で使うと望む結果にならない上に、予期せぬ反動が起こるという代物である。
ゲーム内では、その羽ペンを使って畑に雨を降らせたり、城の庭園の花を満開にさせたりしていた。
それに対して、私の意思を無視して幼い頃の姿に戻そうとしたディアスの行いは、当然私利私欲に満ちていると言える。
そしてどういう訳かディアスではなく私にその反動が起き、“私”という魂が転生し、レリアの身体に憑依した、ということだろう。
しかし、どうしてディアスがそんな魔具を所持していたのだろう。
ゲームのシナリオではヒロインが父であるブランシュ伯爵から最初にプレゼントされる、という設定だったはずだ。
「……まぁ、坊ちゃんのことはこの際おいておきましょう。問題はお嬢様の魔力覚醒です」
シャトーが考えることをやめて話題を変える。
彼女にとっても、ディアスの偏愛ぶりは異質で、自身の物差しで測れないのだろう。
父も彼女の言葉に頷いた。
「そうだな……突然魔力が覚醒したなんてことが知れたら、大騒ぎになるぞ」
まして、今の私はジーク王子の婚約者候補だ。
ベルフェール公爵が失脚したとしても、ルイス王子を次期国王に推す貴族は他にも大勢いる。
彼らが、ジーク王子殿下の婚約者候補である私が魔術師だと知ったら、当然結婚を阻止しようとするだろう。
下手をしたら私を殺そうとするかもしれない。
歴代の国王は、その伴侶に魔力を有している貴族令嬢を選ぶことが多かった。確か王妃殿下も、魔術師ではないがそれなりの魔力は持っていると聞いたことがある。
ジーク王子の婚約者候補になった時点では、私には魔力はないと思われていたが、実は強い魔力を持っていました、などと世間に知られたら、ジーク王子がいよいよ王位に就く準備を始めたと捉えられかねない。
ルイス派の妨害によってジーク王子との結婚がなくなるのは良いが、命を狙われるようなことは御免だ。
「……面倒ごとは避けたいんだけどなぁ……」
思わず溜め息を吐く。
かなり小さくぼやいたつもりだったが、シャトーの耳はその言葉を捉えていた。
「お嬢様、お言葉ですが、お嬢様がジーク王子殿下の婚約者候補になってしまった時点で、既に面倒ごとになっているかと」
それはご尤もだ。
ぐうの音も出ない。
「とにかく、レリアの魔力が覚醒した件は内密にするぞ。そして、ベルフェール公爵の処分や動向によって動きを考えなくてはならん」
今日ベルフェール公爵が逮捕されたのであれば、今後取り調べがあり、その後に国王が判決を下すはずだ。
それまでは公爵も城の牢に入れられるので、判決が出るまではこちらも安心していられる。
父は話を切り上げ、シャトーを伴って書斎へ向かってしまった。
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