第八章 聖女(4)
「本当です。ただ、王妃殿下を呪っていた犯人を見つけて、証拠を取ってきたのはサーシャです」
サーシャに罪をなすりつけるつもりはないが、事実なのでその通りに報告する。
父は苦虫を噛み潰してじっくり味わったような顔をした。
「何てことだ……」
「しかし父上、ベルフェール公爵も自ら罪が重くなるようなことを自白するとは思えないので、メルクリア家まで捜査は及ばないのでは?」
「私が心配しているのは国王からの追及ではない。ベルフェール公爵からの報復だ」
確かに、ミルマを王族に突き出したのが私だとベルフェール公爵が知ったら、どんな暴挙に出るかわかったものではない。
だが、ミルマは王妃殿下を呪った張本人として処刑、ベルフェール公爵も爵位剥奪は免れない。権力を失った彼に、何ができるだろうか。
「……例え爵位を失っても、あの人は自分が許さないと思った相手には容赦はしない……どんな手を使ってくるかわからんぞ……ただでさえ、お前がジーク王子の婚約者候補になったことで不審がられている。私から、レリアがジーク王子暗殺に動き、その過程で王子に取り入り婚約者候補となった、という説明はしておいたが、どこまで信じてもらえているか……」
父は本気で怯えている。
あの温和そうな公爵が、そんな冷酷なことをするようにも思えないが、私より父の方が公爵のことをよく知っている。
父がそう思うなら、きっと公爵は敵に回すべきではない相手なのだろう。
だがしかし、今の私はこれまでの私と一味も二味も違う。
魔術が使えるようになっただけでなく、聖女の条件である浄化魔術まで覚醒した。
つまり、最強。
今の私に、怖いものなどない。
「大丈夫です、お父様。公爵が何をしようとも、私がメルクリア家を守ります」
「お嬢様、お言葉ですがお嬢様では……」
シャトーが諌めるように言いかけて、言葉を止める。
それから、剣呑に目を細めた。
「……お嬢様、一体どういうことですか? どうして、魔力のないはずのお嬢様に、魔力が宿っているのですか?」
シャトーこそ、獣人は魔力を持たないはずなのに、どうしてわかったのだろう。匂いだろうか。
「魔力? レリア、それは本当か?」
父が私とシャトーを見比べる。
彼は有能な執事がそのような冗談を言うことは決してなく、間違えることもありえないと知っている。
「……ええ、本当です」
誤魔化しは効かないと観念して、サーシャに話したのと同じ説明をする。
ディアスの私に対する溺愛ぶりを知っていた二人は、即座に納得してくれた。
「魔術失敗によりそのような効果が出たのは不思議ですが、坊ちゃんならやりかねませんね」
「我が息子ながら恥ずかしい……」
すん、とした顔のシャトーと、げんなりした顔の父。
シャトーにかかれば二十歳のディアスも坊ちゃん扱いだ。
「ところでサーシャ、坊ちゃんはどんな魔具を使ったの?」
シャトーがサーシャに問う。
言われてみれば、私もサーシャから「魔術に失敗して」という部分しか聞いていない。
ディアスも魔力は持っていないはずだ。そもそもメルクリア家は魔術師の家系ではないのだ。
となれば、魔具を使用したと考えるのが妥当だ。
「羽ペン型の魔具でした」
それを聞いたシャトーが額を押さえる。
「……願いを叶える羽ペン……坊ちゃんも無謀なことを……」
彼女は呆れ果てた様子で、深々と溜め息を吐いた。




