第八章 聖女(3)
城門には既にメルクリア家の馬車が到着して待機していた。流石、私のメイドは仕事が速い。
近寄ると、珍しく御者台にはサーシャがいた。
有能故に彼女が馬車を操ることもできるということは知っていたが、普段は馬車担当の御者がいる。今回はたまたま御者の手が空いていなかったのだろうか。
「お迎えに上がりました」
彼女は御者台から降りて、馬車の扉を開ける。
私の隣に立っていたアーネストを見て、一瞬驚いたような顔をした。
「サーシャ?」
名を呼ぶと、はっとしてアーネストに一礼した。
「……失礼。お嬢様をお送りくださいましてありがとうございます」
「いえ、当然のことです。それでは、私はこれで」
彼は軽やかに踵を返して城へ戻っていった。
その後ろ姿を、サーシャがじっと見つめる。
「サーシャ? どうしたの?」
「……いえ、何でもありません」
「アーネストが気になる?」
深い意味もなく尋ねると、彼女は頬を赤らめてぶんぶんと首を横に振った。
「いいえ! まさか! ただいい匂いがしただけです!」
「いい匂い?」
私は別に感じなかったが、獣人の血を引くサーシャには何か感じるものがあったのか。
「か、帰りますよ!」
珍しく動揺した様子の彼女は、素早く馬車を閉めて御者台に乗った。
手綱を握り、荒々しく振るう。
普段のサーシャの操る馬車ならばあまり揺れず乗り心地抜群なのだが、今日はやたらと揺れ、正直酔ってしまいそうなほどだった。
へろへろになった私が自宅に着いた頃には、太陽は傾き辺りはオレンジ色に染まっていた。
父は仕事らしく不在、ディアスも案の定まだ帰っていないという。
あの変態は、きっと幼い私に化けたシルヴィと、どこぞの屋敷でよろしくやっているのだろう。
シルヴィもそれで良いと言っていたし、あの二人のことはもう放っておこう。うん、そうしよう。
その後、私が夕食のために食堂へ移動すると、父が血相変えて帰宅した。
「……ベルフェール公爵が、捕まった……!」
顔は青褪めすぎて、蒼白といえる。父のそんな顔は初めて見た。
公爵の逮捕は、娘が王妃殿下を呪っていたのだから当然と言えば当然だ。
驚かない私に、父は眉を顰めた。
「驚かないのか?」
「ミルマ様が魔具を用いて王妃殿下を呪っていたのでしょう? 捕えられて当然です」
「お前、何故そのことを……」
訝る父に、背後に控えていた女性執事が何か耳打ちした。
彼女がサーシャの母、シャトーだ。
サーシャにそっくりで、年齢は四十を超えているはずなのに見た目はサーシャの姉といっても通るくらい若々しい。
ちなみに、私は体術で彼女に勝てたことは一度もない。
「……レリア、お前……」
父が額を押さえる。
「……お前が、ミルマ嬢が王妃殿下を呪っていた証拠を抑えたというのは本当か?」
シャトーは昔から地獄耳だ。
どういう訳か、彼女には隠し事は通用しないのだ。
サーシャと同じ黄金の眼に見つめられると、心の奥まで見透かされたような気がしてくる。
私は観念して頷いた。
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