第八章 聖女(2)
アーネスト・レイ・バーティア。
燃えるような赤い髪と翠の瞳が印象的で、長身に白銀の鎧がよく似合う彼は、最年少で王立騎士団に入団し現在騎士団長を務めている人物だ。
ゲーム中ではディアスやセイン同様、サブルートに入ることで攻略対象になるキャラクターである。
「メルクリア侯爵令嬢、ジーク殿下の婚約者候補ともあろう方が、従者も連れずにどうされたんですか?」
不審がるより驚きの方が勝った様子で尋ねてきた彼に、私はゲームキャラ特有の美貌を観察させて頂きつつ、経緯を簡単に説明した。
「なるほど、では王妃殿下のお部屋の前まで私がお連れいたしましょう」
それは願ってもない申し出だ。
ジーク王子の許可はあるから王妃の部屋に入っても問題ないが、しかし王城内を自由に歩き回って良いとは言われていない。
仮に歩き回っても彼なら何も言わないだろうが、きちんと許可を取っていないことをするのは得策ではない。
しかし騎士団長であるアーネストを連れていれば、要らぬ嫌疑を掛けられることもないだろう。
アーネストと連れ立って、他愛無い世間話をしながら王城内を進む。
勿論、道順だけでなく廊下の造りや警備の有無、他の部屋の様子などを、アーネストに気付かれないように観察するのを忘れない。
ここから侵入できるかどうか、などと考えて、ふと気付く。
魔術が使えるのなら、遮蔽魔術で姿も気配も消せば、容易に忍び込めるのではないだろうか。
王城内は当然対魔術の警備も万全だが、そこは幼少期から叩き込まれた暗殺術がある。
というか、魔術と暗殺術を併用すれば、裏家業は楽勝だろうな。
そうだ、魔術と暗殺術を駆使して、ジーク王子の命を奪えばいい。
不意に浮かんだ言葉に、思わず首をブンブンと横に振る。
油断すると、レリアの声が頭に響いてくる。彼女は、この体を取り返す瞬間を狙っているのだ。
「どうかしましたか?」
私の様子に気付いたアーネストが首を傾げる。
僅かに漏れ出てしまったレリアの殺気を気取られたのか。
「いえ、何でもありません……ただ、自分が不甲斐なくて。もしやと思った方は聖女ではなく、王妃殿下をお救いするに至りませんでしたから……」
誤魔化すために、しおらしい態度をとっておく。
アーネストはそれを疑う様子はなく、小さく微笑んだ。
「お優しいのですね。王妃殿下の呪いがなかなか解けないのは貴方のせいではないのですから、そこまで気に病む必要はありませんよ」
彼なりに言葉を選んで慰めてくれているのが伝わってくる。
イケメンにそんなフォローをされたら、世の女は大概イチコロだろうな。
しかし残念ながら、前世の私は爽やかキャラはあまり好きではなかったため、あまり心に響かない。
「ありがとうございます、アーネスト様」
取り繕った笑顔で礼を述べた時、丁度王妃殿下の部屋の前に到着した。
アーネストが扉をノックし、私の来訪を告げると、中からセインが扉を開けた。その背後にはジーク王子がいる。
「お待ちしておりました、レリア嬢。それで……どうでしたか?」
尋ねつつも、私が一人で登城したことで結果は察しているだろう。
私が首を横に振ると、王子とセインは辛そうに目を伏せた。
「……そうですか」
「期待させるようなことをしてごめんなさい」
「いや、お前のせいじゃない。謝るな」
王子はそう言ってくれたが、やはり期待を裏切られて悲しそうな顔をしていて、居た堪れない気持ちになる。
「あの、えっと……私は、今日はこれで失礼しますね」
それだけ言って、私は身を翻した。足早に去ろうとする私を、アーネストが追いかけ、城門まで送ると申し出てくれた。
並んで歩きながら、彼はすまなそうに眉を下げた。
「本来であればジーク王子殿下がお送りすべきでしょうが、状況が状況ですので、私で御勘弁を」
いやいや、たかが婚約者候補ごとき、必ずしも王子が自ら送る必要はない。
それは彼自身も心得ているだろう。言葉はあくまでも気遣いから出ているものだ。
「いえ、アーネスト様のお手を煩わせるまでもなく、私でしたら一人で大丈夫です」
「とんでもない! ジーク王子殿下の婚約者候補である侯爵令嬢をお一人で帰したとあったら、私が罰せられます」
彼が大袈裟に言った時、城門が見えた。
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