第七章 覚醒(5)
浄化魔法の呪文自体は、この世界に生きる誰もが知っている。
呪文を知っていたところで、聖女になれる者しか発動しないため、秘密にする必要がないのだ。
寧ろ、呪文を知らせることで、聖女覚醒の可能性を一般市民にまで広げているのである。
シルヴィは大きく息を吸い、その呪文を唱えた。
「浄化魔術!」
しかし何も起こらなかった。
前世でプレイした、別のゲームのナレーションが浮かぶ。
「……ダメだったか……」
シルヴィの性格がメンヘラだと知った瞬間からそんな気はしていた。
ゲームでも、ある一定の条件をクリアしなければ聖女として覚醒できないのだ。今の彼女が条件をクリアしているとは思えない。
というか、聖女がメンヘラだったらちょっと嫌だ。
「……やっぱり何も起きなかったわね。これで良いの?」
シルヴィが小さく首を傾げつつ、目で「早く教えろ」と訴えてくる。
結果は残念ではあるが、約束は約束だ。
「……お兄様がシスコンでロリコンでヤンデレなのは知ってる?」
「え、何? シス……ロリ?」
あ、この世界にシスコンなどのワードはないか。
うっかり前世の知識を出してしまい、慌てて取り繕う。
「えっと、つまり、お兄様が愛してやまないのは、幼い頃の私なの。だから、貴方が昔の私の姿になれば、お兄様は貴方のことを愛してくれるわ」
流石に自分の姿を変えることは渋るだろうか。
いや、彼女が本物のメンヘラであれば、自分の姿を捨ててでも、好きな人から好かれようとするはずだ。
「本当に? 幼い頃の貴方の姿になるだけで良いの?」
こちらがビックリするくらい躊躇う様子もなく、シルヴィは目を輝かせた。
「ええ。保証するわ。ただ、シルヴィとは呼ばれないでしょうけけど」
「名前なんてただの記号よ。自分の姿だって、自分では見られないのだから、私を見て感情込めて愛していると言ってくれるのなら何でも良いわ!」
希望に満ちた顔で、彼女は右手を天に突き上げた。
「変化魔術!」
早口に呪文を唱えると、瞬き一つの間にシルヴィは私の幼い頃の姿に変身した。
続けて、ディアスの顔の前で右手を軽く振るう。
ディアスが瞬きをして、幼い頃の私に化けているシルヴィと目が合った。
刹那、ディアスは声にならないほどの歓喜の声を上げた。
「レリア! ああ! 何と言う奇跡か! 私の妖精……あの頃のレリアが帰ってきた!」
興奮しまくったディアスはシルヴィを抱き上げ、そのまま走り去ってしまった。
正真正銘の妹であるはずの私には目もくれず。
「……サーシャ、これで良かったのかしら」
呆然としつつ、控えていた彼女に問いかけると、彼女も無表情の中に呆れを滲ませた。
「まぁ、お似合いのお二人なんじゃないですかね」
ところで、とサーシャが話の矛先を変える。
「お嬢様はいつから魔術が使えるようになったのですか?」
そうだ、先程飛翔魔術で現れて着地する瞬間を見られてしまったのだった。
急いでいてので説明を後回しにしたが、彼女には誤魔化しは効かないだろう。
私は、自身が別世界から転生したことは伏せて、ディアスの魔術失敗によって突然魔力が覚醒した、という説明をした。
一瞬信じられなさそうな顔をしたサーシャだったが、ふと何か気付いたように目を瞬く。
「そんな突然に魔力が目覚めたのだとしたら、もしかして、お嬢様こそ浄化魔術が使えるのでは?」
「そんな馬鹿な。私が浄化魔術なんて使える訳……」
ないない、とい言いかけて、口を噤む。
ゲーム内で聖女として覚醒するための条件が脳裏を過った。
一つ目は、攻略対象キャラからの好感度が、七割以上であること。
二つ目は、好感度が七割を超えた頃に発生するイベントで選択肢を間違わないこと。
三つ目は、魔力の総量をある一定以上にすること。これは、ゲームを進行する中で時々発生するミニゲームでポイントを溜めることで魔力の総量が上がる、という仕様だった。
当たり前だが、今この世界で生きていて、そのようなイベントやミニゲームなど発生していない。
だが魔力の総量で言えば、異世界からこの世界に転生したことでかなり膨大な魔力を有してしまっている。
攻略対象キャラからの好感度だって、誰が攻略対象となっているのかはさておき、少なくともジーク王子からの好感度は悪くないはずだ。
「まさかそんな、ねぇ……」
言いながら、妙な予感に胸がざわつく。
あり得ない、そう思いつつ、確かめるために右手を突き出した。
「浄化魔術!」
唱えた直後、清涼な風がふわりと舞い上がった。




