第七章 覚醒(4)
「こちらの方ですね。そんなに遠くなさそうです……んん? ディアス様の匂いもします」
一緒にいるところは見ていたのであまり驚きはしないが、先程見かけた場所から離れても共にいるのだとしたら少々意外だ。
「今も一緒にいるかはわかる?」
「匂いが同時に移動しているので、おそらくご一緒かと」
「へぇ……シルヴィ、上手いことやったのかな」
あのシスコンでロリコンでヤンデレのディアスからの好感度を上げたのだろうか。
というか、いくら魔物に襲われたところを助けられて一目惚れしたと言っても、その惚れた相手がシスコンでロリコンでヤンデレだと知ったら、流石に目が覚めそうな気もするが。
とりあえず匂いを追うことにする。
小走りのサーシャに必死でついて行くと、数分で探していた人物が見えてきた。その傍にはディアスがいる。
「シルヴィさん!」
声を掛けると、彼女は貼り付けたような笑みで振り向いた。
「あら、貴方は先日の……」
「ごきげんよう……私の忠告は聞き入れてもらえなかったようね」
思わず呟くと、シルヴィはディアスを振り仰いでうっとりとした顔をした。
「うふふ、だって、こんな素敵な男性、諦められるはずがないもの」
そう言われて視線をディアスに向け、息を呑んだ。
目の焦点が合っていないのだ。
目の前に溺愛する妹が現れたのに、反応しないので妙だと思った。
「……お兄様に何をしたの?」
「あら、貴方が妹さんだったのね。先日は失礼しました……ディアス様には私の魅力を余すところなくお伝えしたまでのこと。そうしたら、妹さんより私を愛してくれるようになったのよ」
昏い笑みを浮かべるシルヴィに、背筋が凍るような心地がした。
いかん。これはまたいかん。
ディアスがシスコンでロリコンでヤンデレならば、シルヴィはヤンデレのメンヘラだ。
攻略対象のキャラクターだけでなく、ヒロインまで性格がゲームの設定と大きく違うなんて流石に予想外だ。
恋愛シミュレーションゲームの主人公であるヒロインがヤンデレでメンヘラだなんて、それで良いのか、この世界。
何とも言えない気持ちになって再びディアスを見る。
彼は今、魅了魔術に掛かっている。
その名の通り、対象者に魅了され、操作されてしまう魔術だ。
「……お嬢様、いかがいたしますか?」
サーシャが私に耳打ちする。
彼女も、ディアスが魅了魔術に掛かっていることに気付いている。
私も一瞬は、早くディアスに掛けられた魔術を解かないと、と思ったが、しかしふと妙案が浮かび、私は思わずにやりと笑ってしまった。
「シルヴィさん、そんなにお兄様のことを思ってくださっているのですね!」
我ながらわざとらしい言い方だったが、シルヴィは特に疑問を持たなかったらしい。
顎の下に組んだ手を添えて、恍惚の表情で頷く。
「ええ! ディアス様こそ私の理想だもの!」
「でも、魅了魔術で操って、それで満足なの?」
「……私のことを愛していると言ってくれれば、それで良いのよ」
昏い笑みの裏に、寂しさが揺らいだのを、私は見逃さない。
魅了魔術は相手を操ることができるが、「私を愛して」と指示したところで、棒読みで「アイシテル」と言われるだけだ。
やらされている感は拭えないだろう。
「でももし、魅了魔術を解いた状態で、本当に愛してもらえる方法があるとしたら、どうする?」
「えっ!」
食いついた。いける。
私は思わず小さくガッツポーズをした。
「教えて欲しかったら、一つこちらのお願いを聞いてほしいんだけど」
「何?」
彼女は早く教えろと言わんばかりに食い気味に尋ねてくる。
いいぞ。
「浄化魔術が使えるかどうか、試して欲しいの」
「浄化魔術? 聖女でもないのに使える訳ないじゃない」
何を言ってるんだお前、と言わんばかりに肩を竦める。
「試すだけで良い。使えなかったとしても、ディアスに愛してもらえる方法はちゃんと教える」
ダメ押しでそう言うと、シルヴィは右手を頭上に掲げた。




