第七章 覚醒(3)
セインの口から出た単語に、ジーク王子の顔色が変わる。
世界三大魔具は、この世界に生きる者ならば、子供であっても知っている有名なものだが、誰が所有しているのか、そもそも実在しているのかさえ曖昧で、もはや伝説と言って良い代物である。
世界三大魔具はその名の通り三つあり、一つ目はいかなる病気や怪我も治すといわれている『神の手』、二つ目は自然を操る力を得られるといわれている『精霊の翼』、そして三つ目が呪った対象者を必ず死に至らしめるという『魔王の眼』。
「……まずいですね。『魔王の眼』で掛けられた呪いは、『神の手』或いは聖女による浄化魔術でしか解くことができないといわれています」
「他に方法はないのか?」
王子の瞳が、僅かな希望を求めて揺れている。
しかし、セインは静かに首を横に振るだけだ。
『魔王の眼』が実在したのだから『神の手』も存在すると考えるのは妥当だが、どこにあるのかは全く見当もつかない。
ちなみに、ゲームの中では世界三大魔具は名前だけ登場し、ファンの間では続編でのキーアイテムになるのではないかと囁かれていたが、私は続編が販売される前に死んでしまったのでその真偽も魔具の在処もわからない。
また、ヒロインが聖女として覚醒する以前のこの世界では、百年に渡り聖女不在の状況が続いている。
「……呪っていた魔具本体があっても無意味なのか?」
「これ以上呪いが上積みされることはなくなったので無駄ではありませんが……世界三大魔具は強大すぎる魔力故に破壊できませんし、これまでに蓄積してしまった呪いの無効化もできません。このままでは、王妃殿下のご体調が今以上に回復することはないでしょう」
苦々しく答えるセイン。
ジークも絶望に打ちひしがれたように額に手を当てた。
居心地の悪い空気に堪りかねて、私はつい口を開いてしまった。
「あの、確信はないんだけど、もしかしたら聖女としての素質があるかもしれない女性に心当たりがあるの」
あくまでも可能性です、という意図を強調して切り出したが、二人は勢いよくこちらを振り向いた。
「本当ですかっ?」
「何処の誰だ!」
あまりの剣幕にうっかり名前を教えてしまいそうになるが、そこはぐっと堪える。
「まだ確証がないから名前は教えられない。私がこれから会って確かめてくるわ」
「確かめるって、どうするつもりだ?」
そもそもこの世界における聖女の定義は、浄化魔術が使える、ということだ。
浄化魔術とは、いかなる穢れも祓うことができる魔術で、どれだけ強い魔力を有している優秀な魔術師であっても使えるとは限らない特殊なものだ。
その浄化魔術は、魔力を有していた少女が突然使えるようになるケースが多く、そうなったら『聖女が覚醒した』と表現するのだ。
「魔力の総量を見て、浄化魔術が使えるか試してもらうの」
そう上手くいくとは思えないが、それで上手くいってくれたらラッキーだ。
私は二人が何か言う前に踵を返し、部屋を飛び出した。
城を出て、人目がない路地に入りすぐに飛翔魔術を唱える。
聖女としての素質があるかもしれない女性とは、もちろんゲームのヒロインであるシルヴィのことだ。
先程城に来る途中の道端で、ディアスといたところを見た。
「確かあの辺りだったはず……」
しかし、もうそこには二人ともいなかった。
だとすればブランシュ伯爵邸か。
「あっ!」
道の先に見知った後ろ姿を見つけて急降下する。
「サーシャ! 良いところに!」
おそらく先程別れた場所からメルクリア侯爵邸へ戻る途中だったのだろう。
振り返ったサーシャは、無表情ながらほんの僅かに目を瞠った。
「お嬢様? 今、空から降りてきませんでしたか?」
「それは今は置いといて。シルヴィ・ブランシュ嬢が何処にいるかわかる?」
「ブランシュ伯爵のご令嬢ですか? 匂いは覚えていますが、どうしてまた……」
「ちょっと用があるの。すぐに見つけてくれたら金貨一枚払うから探して!」
その言葉を受けて、彼女は訝しげにしながらも、鼻をすんすんと動かした。




