第七章 覚醒(1)
ジーク王子に連れられ、彼の自室に入った私は、すぐに魔具のペンダントを差し出した。
「ミルマが所有していた魔具……これで王妃殿下を呪っていたみたいなの」
王子は眉を顰めてペンダントを受け取った。
黒い宝石に手を翳し、小さく何かを唱える。
「……間違いなく、ミルマ・イユ・ベルフェールの魔力だな。そして、対象は母上だ」
剣呑に呟き、ペンダントを握り締める。
「今すぐ父上に報告する。お前も証人として一緒に来てくれ」
拒否する理由はないので頷くと、彼はすぐに玉座の間へ向かった。
廊下を歩きながら、王子が私を見る。
「それにしても、よくミルマが犯人だと突き止めたな。しかも、証拠のペンダントまで押さえて来るなんて」
「実は、突き止めたのもペンダントを盗って来たのも私じゃないの。専属メイドのサーシャよ。御礼なら彼女に言って」
「専属メイド? 魔術師なのか?」
「ううん。魔術師ではないんだけど、鼻が利くのよ」
実は、サーシャは普通の人間ではない。
メルクリア家の人間のみが知っているサーシャの秘密。
彼女の祖母は獣人だった。
獣と人間の混血である獣人は、かつては迫害の対象だったという。
今はそうでもないが、サーシャの祖母が若い頃はかなり獣人に対する扱いが酷かったらしく、彼女は追い詰められて心身ともにボロボロになっていたところを、当時の当主、私の曾祖父に拾われて、メイドになったらしい。
彼女はその後、他の使用人の男性と結婚し、女の子を出産した。その子がサーシャの母親であり、今尚私の父に仕えている。
そして彼女も人間の男と結婚し、サーシャが生まれた。
サーシャは見た目こそ普通の人間だが、身体能力はずば抜けており、戦闘力も成人男性を軽く凌ぐ。
そして鼻は犬並みに利く。探し物が得意な理由は、その優れた嗅覚にあったのだ。
「わかった。全て片付いたら、望む褒美を与えるよう、父上に進言しよう」
ジーク王子がそう言った時、玉座の間に到着した。
国王陛下は、日中城にいる際は基本的に玉座の間にいて、大臣達と政治や経済などの話をしているという。
玉座の間はとても広く、天井も高い。
正面の出入り口から玉座まで、真っ赤な絨毯が十メートルほど伸びている。
私達が入ると、玉座の横に大きなテーブルが置かれ、一面に地図が広げられていた。どうやらこの国の地図らしい。
先程まで話していたらしい大臣が三人、ジーク王子に一礼して退出する。
この部屋には国王と私達、出入り口の両脇に控えている衛兵二人のみだ。
「父上、急にすみません」
「どうした? 何かあったか?」
ジークが突然玉座までやってくることは稀なのだろう。
国王は私達を見て訝りながらも、前に出ることを許してくれた。
「母上に呪いを掛けていた犯人がわかりました」
「何? それは本当か?」
「はい。レリアが……正確にはレリアの侍女が見つけました。この魔具のペンダントを使って、ミルマ・イユ・ベルフェールが呪いの魔術を行使していたようです」
ジークの報告に、国王の顔色が変わる。
「ミルマ嬢が?」
聞き返してはいるが、聡明な国王は、ミルマがどういうつもりだったのかまですべて悟ったようだった。
「ベルフェール公爵を呼べ! すぐにだ!」
国王が声を上げた直後、控えていた衛兵の一人が飛び出して行った。
「父上、俺は母上の呪いを解くために一旦失礼します」
「そうだな。セインも連れて行け。執務室にいるはずだ」
「わかりました」
王子は私を促して退出する。
そのまま玉座の間のすぐ近くの部屋を訪ね、筆頭魔術師のセインを呼び出した。
筆頭魔術師とは、この国で最も優れた魔術師の称号だ。
ゲームのサブストーリーでは攻略対象にもなっているセイン・プレヴリューズは魔術師の家系に生まれた天才、という設定。
金髪碧眼の童顔だが、年齢は攻略キャラの中では最年長の二十五歳。
ルイス王子のように穏やかな笑みを浮かべているが、実は滅茶苦茶腹黒くてドSな性格、というキャラだ。
この世界の人物は皆ゲームとは性格が違うようだが、彼はどうなっているのだろう。
内心では若干わくわくしながら、セインが出てくるのを待った。




