第六章 逆転(5)
ルイス王子は私に向き直ると、心配そうに眉を下げた。
「大丈夫だった?」
急に穏やかな雰囲気に変わり、戸惑いつつも頷く。
「はい。助けて頂き感謝申し上げます」
「そんな堅苦しくしないで。兄上に接するように、楽にしてくれて良いんだよ」
優しい微笑みだが、翠の瞳の奥には底知れぬ闇が見えた気がした。
私のジーク王子に対する態度を知っているのだろうか。
知っていて、そうして良いと言っているのか。
一体何故。
怪訝に思って首を捻ると、急に誰かの手が肩に触れた。
「ルイス、ここで何をしている」
低い声音に背後を振り仰ぐと、眉間に皺を寄せたジークが立っていた。
彼はまるで牽制するかのように、私の肩を抱き寄せる。
その様子に、ルイス王子はにっこりと笑った。
「彼女がちょっとピンチのようだったので、助けただけですよ」
そう答える彼の目の奥は、全く笑っていない。
これは明らかな挑発だ。
どうやら、ルイス王子はゲームと違ってかなりの腹黒のようだ。
「兄上がわざわざ城内で転移魔術を使って駆けつける程大切な女性……僕も興味が湧きまして」
「俺の婚約者にちょっかいを出すな」
「まだ候補でしょう? そもそも、彼女は僕の婚約者候補だったんですよ」
痛い所を突かれて、ジーク王子は舌打ちする。
「だが、今は俺の婚約者候補だ。父上も認めている」
「そうですね。では、候補の内に奪い返すとしましょうか」
不敵に微笑むと、ルイス王子はくるりと踵を返した。そのまま、廊下へ消えていく。
「……大丈夫だったか? 遅れて悪かった」
ジーク王子が私の顔を覗き込んでくる。
深紅の瞳が、心配そうに揺れている。
「うん、ちょっとだけ危なかったけど、怪我もしてないし大丈夫だよ」
「何があった? ベルフェール公爵の執務室の目の前で、どうしてお前とルイスが?」
問われたので、今あったことを簡単に説明した。
ジークは自分が傷ついたような顔をする。
「俺がすぐに駆け付けていれば……」
彼は衛兵から私の訪問の件を聞いて、すぐに城門に向かったらしい。しかし、城門に着いた時、すでに私は、彼に化けたミルマについていってしまっていた。
「結果無事だったんだし、気にしないで」
「……俺が嫌なんだよ。ルイスに借りを作っちまった」
本気で嫌そうに顔を顰めるジークに、私は目を瞬いた。
「仲悪いの?」
「昔はそうでもなかったんだけどな。アイツからすれば、俺は目の上のたん瘤だろうし、昔のようにはいかないだろうな」
そうか、ルイス王子が王位を目指すのであれば、ジークはただの邪魔者だ。
ゲーム内のルイス王子は、王位にはあまり執着していなかったが、聖女となったヒロインと結ばれるために王位を目指すようになる。そしてハッピーエンドの場合はジーク王子より自分の方が国王に相応しいと証明し、無事王位を継承することになるのだ。
この世界でのルイス王子がどう思っているかはわからないが、少なくとも、天才肌で本を読むだけで国の歴史を暗記し、一度見聞きした魔術は使えてしまう兄に対して、自らもそれと同等かそれ以上の才能がない限り、何かしらコンプレックスがあったとしても不思議ではない。
「……んで、お前は俺に何か用があって来たんじゃなかったのか?」
「ああ! そうだった! 王妃殿下を呪った犯人がわかったから知らせに来たんだけど……」
「それは本当か?」
王子が目を瞠る。
私が頷くと、辺りを見渡して誰もいない事を確認すると、別室へ行こうと私を促した。




