第六章 逆転(4)
私が呪文を唱えようとした刹那、その場に雷のような稲妻が走った。
バチバチと音を立てたそれがミルマの行く手を阻み、彼女が足を止める。
「っ!」
同時に、私の足元に広がっていた魔法陣が四散し、私の体に自由が戻った。
これは、魔術による雷撃だ。
私がその魔術を放った人物を探して振り向くと、そこには第二王子のルイスが、無表情で立っていた。
「ルイス王子殿下!」
意外な人物の登場に驚いて声を上げると、視界の隅でミルマが慌てて居住まいを正していた。
ルイス王子は、侮蔑を孕んだ目をミルマに向ける。
いつも穏やかな笑みを浮かべているイメージの彼からは想像もつかないような、冷たい表情だ。
「ミルマ嬢、これはどういう事だ。何故、兄上の婚約者候補に捕縛魔術を?」
「で、殿下、これには訳が……!」
「ミルマ嬢、王城内でこのような捕縛魔術を行使した以上、相応の理由はあるんだろうな?」
氷の貴公子と呼ばれていたゲーム内のディアスを彷彿とさせる声色と眼差しに、不謹慎ながらキュンとしてしまう自分が情けない。
「こ、これは……れ、レリアさんが、私を、ぶ、侮辱した、から……」
自分でもその言い訳に無理があるとわかっているのだろう。ミルマは見ている方が哀れに思えてしまうほど、狼狽しきっている。
「レリア嬢、ミルマ嬢を侮辱したのか?」
私に向けられる口調は心なしか柔らかい。
少しほっとしつつ、私は首を横に振った。
「いいえ。私はジーク王子殿下にお会いするため登城しただけです。しかしジーク王子殿下に化けたミルマ様にここまで連れて来られ、先程のような状態に……」
ありのままを話すと、ミルマが引き攣った声を上げた。
「デタラメです! 私はそんなことしておりません! 第一、私は魔術師ではありません! 変化などできるはずがないでしょう!」
「君が魔術師ではないことくらい知っている。だが、魔術師でなくとも、魔具を使えば変化くらいできる。ベルフェール公爵家であれば、その程度の魔具くらい容易く手に入れられるだろう」
ルイス王子は淡々と答える。
ゲームの中では、常に穏やかな笑みを浮かべていて、優しい性格のキャラクターだったのだが、今目の前にいるルイス王子はどう見ても違う。
「いずれにしても、王城内で正当な理由もなく魔具を用いた捕縛魔術を行使したことは問題だ」
ルイス王子はパチンと指を鳴らした。
直後、彼の背後に二人の兵士が現れる。どうやら召喚魔術らしい。
指を鳴らすだけの無詠唱で成立させるとは、やはりルイス王子も優秀な魔術師であることは間違いないようだ。
「ルイス王子殿下、いかがなさいましたか」
「ミルマ・イユ・ベルフェール嬢を捕らえよ。罪状は、王城内における魔術の不法行使だ」
「そんな! 殿下! 誤解です!」
ミルマの悲痛な叫びは聞き入れられることなく、兵士二人は素早くミルマを拘束した。彼女の手首に、魔術封じの手枷が嵌められる。
彼女が兵士に引き摺られていくと、ルイス王子はふうと嘆息した。