第一章 標的(2)
父の口から出た名前に絶句する。
自国の王族が暗殺の対象になったことなど、かつてない。
当たり前だが、王族は警備も徹底されているため、貴族を暗殺するよりもかなり難易度が上がる。
嫌な予感が的中してしまった。
そうまでして、ベルフェール公爵はルイス王子を国王に据えたいのか。
私が言葉を継げないでいると、その様子を見ていたディアスが口を挟んできた。
「……父上、やはりレリアには荷が重すぎます。今回は私がやります」
私からするとありがたい申し出だったが、父は首を横に振る。
「いや、十七歳になった以上、レリアももう一人前だ。明日は王城で舞踏会が開催される。当然警備も敷かれるが、多数の人間が出入りする以上、隙もつきやすい。絶好の機会だ」
しかも、と父は意味深な表情で言葉を継ぐ。
「今回の舞踏会、実は二人の王子の結婚相手を探すために開催されるという噂がある。そうであれば、娘の方が王子に近づきやすいだろう」
その言葉にどきりとする。
実際、ゲームのシナリオでもそういう趣旨の舞踏会という設定になっていたはずだ。
その噂を聞きつけた貴族令嬢達が挙って着飾り媚び諂い、二人の王子を辟易させる中、ヒロインだけが王子に興味を示さず、それを面白がった王子達からダンスを申し込んでくる、という流れだったはずだ。
「父上、それは本当ですか? ルイス王子には既にレリアを含め五人の令嬢が婚約者候補として挙げられているはずでは?」
怪訝そうなディアスに、父は一つ頷く。
「ああ、その通りだ。だが、あくまでも候補に過ぎない。それに、本来は第一王子から優先して婚約者候補が挙げられるはずなんだが、どういう訳か第一王子には未だに候補が一人もいない。それを危惧した国王陛下が今回の舞踏会の開催を決めたらしいんだが、これだけ大規模に開催するなら、ルイス王子にも婚約者候補以外で気に入る令嬢が現れるかもしれないだろう? その場合はそちらを優先する、という話だ」
父の言う通り、あくまでも私は婚約者候補の一人に過ぎない。
実際、ゲームの中でもヒロインがルイス王子の好感度をある程度上げると、呆気なく婚約者候補達は全員お役御免となってしまっていた。
「家柄と年齢で、たまたまレリアが候補に挙がっていただけで、私はレリアがルイス王子の正妃にならなくても良いと思っている。寧ろ、家業のことを思えば、レリアは嫁に出さず婿を取る方が良いくらいだ」
地位がものを言う貴族社会においてあるまじき発言だが、メルクリア侯爵家はベルフェール公爵から暗殺の依頼を受ける代わりに様々な恩恵を受けているため、変に地位を上げようとせずとも良いのである。
心配すべきは任務をしくじった場合だ。
「それは私も賛成です。そもそも、結婚する必要だってないくらいだ……俺が養うからレリアには夫など不要だ」
ディアスが大真面目に頷き、最後は小さく呟いた。
その呟きは父には届かなかったが、隣にいた私にはしっかりと聞こえてしまった。
彼はシスコンなだけではなく、ややメンヘラも入っているらしい。推しキャラのそんな一面、できれば知りたくなかった。
ドン引きの私が何も言えないでいると、父が話を戻した。
「とにかく、決行は明日の舞踏会だ。殺害方法はレリアに任せる。必要なものがあれば言いなさい」
「……わかりました」
私は何とか頷いたが、このままでは王子を殺害しなければならなくなってしまう。頭の中ではそれを回避する方法を必死に考えていた。