第五章 露見(2)
いつの間にか闇の中にいた。
視界の隅を縁取る黒枠があることに気付き、「ああ、これはまたあの夢だ」と理解する。
すると、闇が揺らめいて前回同様、目の前に今世の私であるレリアの姿が浮かび上がった。
「アンタねぇ! いい加減体を返しなさいよ!」
前回と同じ台詞に、私はやれやれと溜め息を吐く。
「こないだも言ったけど、そもそも転生しただけで乗っ取ってないし、仮にそうだとしても私には体の返し方なんてわからないの!」
強く言い切ると、目の前のレリアは不満そうに唇を噛んだ。
「嘘吐き! もし本当にアンタが転生者なら、私が生まれた時点で強い魔力を持ってるはずなのにそれが無いんだから、アンタはただ私の体を乗っ取っただけの不心得者よ!」
「だから! そんなことは知らないって……」
言いかけて、口を噤む。
私には確かにレリアの幼少期からの記憶がある。
だからこそ、前世の記憶が蘇る前の、一流の殺し屋を目指していた頃の感覚があって、今の自分との感性のずれに戸惑っているのだ。
しかし、この夢に出てくるレリアが言う、「転生者は生まれながらに強い魔力を持つ」という話は聞いたことがない。
目の前のレリアは、実は夢が生み出した幻であって、私ではないということなのか。
それとも、私にあるレリアの記憶は一部が欠損しているのか。
「アンタの目的は何? アンタは何がしたいの?」
強い口調で問われ、私は言葉に窮する。
自分の意思で転生した訳ではないのだから、目的なんてある訳ない。
だが、この世界で何がしたいのかと問われたら、悪役令嬢に転生してしまったからこそ「平穏にのんびり暮らしたい」と願ってしまう自分がいる。
「……私は……平穏に、のんびり暮らしたい……」
そのためには、当然暗殺家業からは足を洗わなくてはならない。
そもそも私はまだ殺し屋として一人前になってさえないが。
私の絞り出した願望を聞いたレリアは、不思議そうに首を傾げた。
「平穏に? 殺し屋である以上そんなこと無理に決まってるじゃない」
「私は殺し屋になんてならない!」
咄嗟に叫ぶと、レリアは何かに気付いたのか、勝ち誇ったように笑った。
「それは無理よ。私の体には、暗殺術が染みついているもの。私が体を取り戻せなかったとしても、体はいずれ、殺したがるようになるわ」
言葉を失う私を、レリアは尚も高らかに嘲笑う。
「私が暗殺者で……殺し屋でいられるなら、貴方に体を預けたままでも良いわ。貴方が「もう殺したくない」と泣きながら私に体を返上してくるのが楽しみだわ」
笑い声と共に、彼女の姿は闇に溶けていった。




