第四章 秘密(4)
帰宅したら父の顔は、険しく曇っていた。
「おかえなさい……お父様? どうかなさいましたか?」
出迎えた玄関先で尋ねると、父は言葉を選んでいるようだったが、隣に立つディアスがさっと口を開いた。
「王妃殿下が危篤だそうだ」
「えっ」
王妃殿下は国王の正妃、つまり、ジーク王子の母上だ。
最近体調を崩しているらしく、昨日の舞踏会も欠席されていた。
今日、王子が血相変えて帰っていったのは、もしかしなくともそのことが原因か。
妙だ。ゲームのシナリオには、王妃殿下が危篤なんてシーンはない。
「しかも、呪いの可能性があるそうだ」
「呪い?」
眉を顰める。
呪いとは、魔術による攻撃の一種だ。
魔術師ではない私が知っているのは、相手を弱らせて最終的に死に至らしめる術だということのみ。
「王妃殿下は、大丈夫なんですか?」
「わからん。今、王国筆頭魔術師とジーク王子殿下が解呪に取り掛かっているが、芳しくないらしい」
「一体誰が呪いなんて……」
「それがわかれば苦労はしない。犯人も同時進行で探しているが、魔力探知も難航しているらしい」
ディアスは相変わらず淡々としている。
「……聖女がいれば、呪いなんて簡単に解呪できるんだがな」
父がぼそりと呟く。
聖女、その単語にシルヴィの顔が浮かぶが、慌てて首を横に振る。
ダメだ。彼女はまだ、聖女として覚醒していない。
今私が、シルヴィ・ブランシュが聖女だと訴えても、彼女にその力がなければただの妄言でしかないのだ。
「王妃殿下に万が一のことがあれば、国内もかなり慌ただしくなる。心しておきなさい」
父はそう言って書斎に向かってしまった。
「……俺たちにも魔術が使えたら、暗殺も楽になるんだがな」
ディアスが呟いた言葉に、私は何も言えずに唇を噛む。
「……どうした? 何故お前がそんな顔をする?」
「いえ、何でもありません……ああ、そうでした。お兄様宛にお手紙を預かっております」
誤魔化すように言い、私はシルヴィから預かっていた手紙を差し出した。
「手紙?」
「ええ、昨日お兄様が出会われた方かと。魔物に襲われていたところを助けられたと仰っていました」
「ああ、あの令嬢か」
さして興味もなさそうに呟いて手紙を受け取るが、それを開封する様子はない。
ますますシルヴィのことが心配になる。
好きな人から相手にされないのは辛い。
好きな人が実は重度のシスコンだったと後から知るのも辛い。
深みにハマる前に、目を覚まさせてやるべきだろうか。
「……ところで、レリア、ジーク王子暗殺の件はどうだ? 一人でできそうか?」
突然話を振られてドキリとする。
「え、ええ、勿論。婚約者候補になったおかげで、近づきやすくなりましたから、近いうちに必ず……!」
意気込みを見せるように答えると、ディアスはふっと相好を崩した。
「頼もしくなったな。だが、くれぐれも無理はするな。万一失敗したとしても、俺が何とかするから、安心して挑め」
推しに頭を優しく撫でられ、何とも言えない気持ちになる。
嬉しい気持ちが全くない訳ではない。
しかし、私は知っている。
彼の自室が、私の肖像画で埋め尽くされていることを。
産まれたばかりの頃から今に至るまで、十七年分の私の成長記録が、ディアスの部屋を埋め尽くしているのだ。
ディアスは秘密にしているつもりらしいが、私も父も母も皆知っている。
知っていて、彼の闇の部分を恐れて何も言わないでいるのだ。
クールキャラだと思っていた推しが、実はシスコンでストーカーだった、と知った瞬間の衝撃を思い出して、私は苦々しい笑みを浮かべたのだった。




