第四章 秘密(3)
オレンジに近い明るい金髪と、大空を映したような青い瞳の少女、シルヴィ・ブランシュ。
この世界のヒロインであり、のちに聖女となる重要人物だ。
彼女に呼び止められて、私は戸惑いながら応じる。
「……何か?」
「もしかして、メルクリア侯爵邸に御用の方でしょうか?」
「は?」
いやいや、私はメルクリア家の令嬢ですが。
そう言いかけて、一旦言葉を飲み込む。
その家の人間が、わざわざ敷地の外で馬車を降りることが普通ならばあり得ないのだ。
さて、なんと説明したものか。
「御用というか、何というか……」
「もし、ディアス様にお会いになるようでしたら、これをお渡しくださいませんか」
言いながら、彼女は震える手で一通の封筒を差し出した。
「手紙……?」
「あっ! 申し遅れました! 私はシルヴィ・ブランシュと申します」
知ってます。
とは言えないので、適当に相槌を打つ。
「昨夜舞踏会の帰りに、私が乗った馬車が魔物に襲われたのですが、そこを通りがかりのディアス様が助けてくださって……それはもう素敵な立ち回りで! そして氷のような眼差しに凛とした佇まいで……!」
ほう、と美しい思い出に浸るような遠い目をするシルヴィ。
ああ、いかん。これはいかん。
彼女はどうやら本当にディアス攻略ルートに入ってしまい、更に彼に一目惚れしてしまったようである。
「本当はきちんとお礼に参るべきなのでしょうが、私の家は伯爵家で、侯爵家に突然お邪魔する訳にもいかず、取り急ぎお手紙でお礼をと……」
「わかりました。お手紙はお預かりします。責任を持って本人にお渡ししましょう」
シルヴィの顔がぱっと明るくなる。
しかし、彼女が礼の言葉を述べるより早く、私は彼女の肩を掴んだ。
「でも、これだけは忠告します。あの男だけはやめておいた方が良いわ! 貴方が傷付くだけよ!」
嫉妬による嫌がらせと受け取られないように、真顔で淡々とそれだけを告げる。
別に私としては兄が誰と付き合おうが結婚しようが、私に敵意を持って攻撃してくるような人物でなければ気にしない。
だが、あのディアスの裏の顔を知らずに惚れ込んでいるならば、知らんぷりしているのも心が痛む。
「ど、どうして貴方がそんなことを……まさか! 貴方はディアス様の恋人っ?」
「違います」
食い気味に強く否定すると、彼女は目に見えてほっとした様子で息を吐いた。
「違うけど、ディアスだけはやめておきなさい。これは忠告よ!」
それだけ告げて、私は踵を返した。
門まで付き添おうとしたクラッドを制して、足早に玄関に向かう。
静かに玄関の扉を開けると、私が帰るのを見透かしていたかのようにサーシャが立っていた。
「おかえりなさいませ、お嬢様」
「ただいま、サーシャ。お父様達は?」
「まだお戻りではありません」
良かった。父と兄より早く帰宅できた。
二人が帰って来たのは、陽が傾き始めた頃だった。




