第四章 秘密(1)
ジーク王子に手を引かれ、入ったのは大衆食堂だった。
席数が十程度の、小さな店だ。
お昼より少し早い時間のためか、先は半分も埋まっていない。
「よぉ、じーさん。また来たぜ」
王子は気さくに店主と思われる年配の男性に声を掛けた。
店の奥でフライパンを振るっていた店主は、顔を上げて笑う。
「ようボウズ! 女連れとは珍しいな!」
「まぁな、俺はこれでもモテるんだ」
軽口を叩きながら、彼は私を席に座るよう促す。
「おや、随分上品なお嬢さんを連れてるじゃないか。こんな店より、大通りのレストランにでも連れて行ってやりなよ」
そう言って笑うのは、店主の奥さんと思われる女性だ。
店主が料理、奥さんが接客の担当らしい。
「俺が好きな店に連れて来たかったんだから良いんだよ」
そのやりとりさえ楽しそうにしながら、王子は壁に羅列されたメニューを指差した。
「この店は鶏料理が美味いんだ。俺はチキンステーキの定食にするけど、お前はどうする?」
「じゃあ私も同じので」
王子はすぐに、先程の女性に注文を伝える。
私は改めて店内を見回した。
年季の入ったテーブルと椅子、壁のメニュー。お世辞にも綺麗とは言い難い店内。
前世の記憶が戻る前のレリアだったら眉を顰めてすぐに退出しただろう。
しかし、前世の私はオシャレなレストランよりも赤提灯系の居酒屋が好きだった。お酒はあまり強くなかったが、安くて美味しいお酒と料理が楽しめるのでちょくちょく一人で行っていたほどだ。
そんな私なので、このお店に入った瞬間からわくわくしていた。
「……楽しそうだな」
キョロキョロとする私を見て、王子は何故か嬉しそうに笑う。
「こういうお店って好きなの」
つい前世のノリで答えてしまうと、王子は目を瞬いた。
「侯爵令嬢なのに、町の食堂に来たことあるのか?」
「あ、えっと、来たことはないけど……」
それは嘘ではない。
レリアの人生では、町の食堂には来たことがない。
侯爵家ともなれば、日常の買い物は使用人がするし、服などは店の方から採寸しに屋敷にやってくる。
普段町に出ることはほとんどない。不審がられても仕方がない。
「……まぁ、こういう店が好きだって言うのが本当なのは顔を見ればわかる……やっぱり、お前で正解だったよ」
「正解って……?」
首を傾げた私に、王子は曖昧に笑って答えてはくれなかった。
そうこうしているうちに料理が運ばれてきて、腑に落ちない気持ちのまま、チキンステーキを頬張った。




