第三章 本性(4)
馬車を降りた私は、目の前の光景に息を呑んだ。
そこは小高い丘の上だった。
眼下には城下町が広がり、正面には美しい白亜の城が聳えている。
「……綺麗……」
無意識に呟いた私に、ジーク王子は隣に立って得意げに笑う。
「この国で俺が一番好きな場所だ。城と町が最も美しく見える」
「何でここに私を?」
「さぁ、何でだろうな」
彼は軽く笑って、再び前を向く。
「ここって、王族に管理されている森の中にあるトラヴィウスの丘よね?」
この丘は町からも見えるのでよく知られているが、王族に管理された土地にあるため、来るのは初めてだ。
「ああ、五百年前の英雄トラヴィウスが、戦争で勝利し凱旋する際、この丘から町へ向けて勝利宣言したということでそう呼ばれている。神聖な場所という事で森ごと王族の管理地として、一般人の立ち入りを禁止している」
すらすらと歴史に関わる話をした王子に、ふと違和感を覚える。
ゲーム内では、ヒロインと仲良くなる前までは歴史や文化に対する見識は浅く、ヒロインに王族の歴史に関する質問されても答えられないシーンがあった。
「歴史、詳しいのね」
カマをかけるような気持ちで尋ねると、彼は何を言っているんだと言わんばかりに目を瞬いた。
「当たり前だろ。俺はこの国の第一王子だぞ? 国の歴史も知らないで次期国王を名乗れるか」
言いながら、視線を再び城へ投じる。
今の発言から、彼がこの国の歴史についてしっかりと学んでいることが窺い知れた。
王城を見つめる彼の横顔は凛々しく、この国の未来をしっかりと見据えている気がした。
やはり、私の知っているジーク王子とはキャラ設定が違うようだ。
そう考えたその時、頭の中で声がした。
今だ、首を狙え。
王子の首を掻き切れ。
声の主は当然、人格のずれである、前世の記憶が戻る前のレリアのもの。
頭の中でそれに抗う。
私は殺さない。
そもそも首を切るような得物を持ってないぞ。
「……どうした? また俺の隙を狙って殺そうとしたか?」
ジーク王子は揶揄うように私の顔を覗き込んできた。
「そんなこと……」
ない、とは言い切れない自分がいる。
私の中に彼を殺したがっている「自分」がいるのは間違いないのだ。
「ま、お前には俺は殺せないから諦めろ」
「……何でそんなに自信満々なのよ」
彼を殺すつもりはないが、あまりに自信満々で、自分が見下されている気がしてしまい、少々ムッとする。
そんな私に、王子は城を見つめながら口を開く。
「これでも次期国王だからな。暗殺者から身を守る術は身につけている。魔術も使えないお前に俺が殺せる訳ないだろう?」
それはご尤もだ。
勿論、散々叩き込まれた暗殺術の中には、対魔術師のものもある。
しかし、ジーク王子にはそのどれもが通じないだろうと思えてしまう。
昨晩、庭園で私に襲われて際の彼の反応から、何をしても私では傷一つつけられないと痛感してしまった。
「まぁ、お前が色仕掛けでもしてきたら、うっかり引っかかって隙の一つもできるかもしれないけどな」
悪戯っぽく笑う王子に、私は半眼になる。
「女好きというのは本当なんですね」
ゲームの中ではジーク王子は無類の女好きで、何人もお気に入りの令嬢がいて常に数人侍らせているという設定だった。
この世界でもそのような噂を聞いたことがある。
すると、ジークは心外だと言わんばかりに眉を上げた。