第三章 本性(3)
目を開けると、見慣れた天蓋があった。
いつもの自分の、レリアの部屋だ。
分厚いカーテンの隙間から僅かに陽の光が差し込んでいる。
「おはようございます、お嬢様」
部屋にいたサーシャがカーテンを開ける。
目覚めの時間を伝えていたため、丁度起こしに来てくれていたようだ。
「おはよう、サーシャ。お父様とお兄様は?」
妙な夢を見たせいか、頭がぼんやりしている。
そんな私の様子を不審がる素振りもなく、サーシャは洗顔用の桶とタオルを用意しながら淡々と答えた。
「もう出掛けられましたよ」
それを聞いてほっとする。
父とディアスは、今日は表向きの侯爵家の仕事である武器の売買のために外出すると言っていた。
ジーク王子の迎えが来る時にディアスがいないのは安心だ。
私はサーシャに手伝ってもらいつつ、外出の準備を進めた。
どこへ行くのかは知らないが、王子に連れられる以上、下手な格好はできない。
身支度を整えて、お茶を飲んで一息ついたところで迎えはやって来た。
迎えの方がお見えです、とだけ聞かされたので、てっきりジーク王子の従者が来たのかと思ったが、玄関に出て驚いた。
そこには、ジーク王子本人が立っていたのだ。
遠乗りにでも出そうな軽装だが、美形故に何を着ても様になっている。
「えっ! ジーク王子殿下!」
思わず声を上げた私に、彼は爽やかに笑った。
「やぁ、レリア嬢、おはよう……ああ、今日は堅苦しい挨拶はなしで」
胡散臭さを感じてしまう程の笑顔に、私は思わず顔を引き攣らせた。
「殿下自らいらっしゃるなんて……今日はどちらへ向かわれるのですか?」
尋ねると、彼は私の顔をまじまじと見つめた。
「俺と二人の時は敬語はいらないぞ? 敬称も不要だ」
「まだ婚約者候補に過ぎない私が、殿下相手にそんなご無礼は……」
苦々しい笑みを浮かべつつそう否定すると、ジーク王子は不満そうに唇をへの字に曲げた。
「初対面で俺にザマアミロって言ったくせに」
「どうせ死刑になるなら思った事を言ってしまおうと思っただけです」
「どうせ死刑にはならないんだから、今も何を言っても良いぞ?」
妙に上機嫌な王子に、嫌な予感を覚える。
「……じゃあ聞くけど、従者も連れずにどこへ行くつもり?」
ご要望にお応えして砕けた口調で尋ねると、王子は何故か満足げな顔で玄関の外を指した。
「それは着いてのお楽しみだ。それに、従者ならいるぞ?」
彼のエスコートで外へ出ると、玄関の前に立派な馬車が停まっていた。
待機していた青年がドアを開ける。
「俺の側近のクラッドだ」
褐色の髪にグレーの瞳の青年が、名を呼ばれて一礼する。
彼はゲームにも登場するが攻略対象外のキャラである。穏やかそうな笑みで淡々と業務を全うする様子から、攻略対象外にも関わらず人気が高かったキャラクターだ。
ジークに促されて馬車に乗り込むと、クラッドは御者台に乗り、手綱を握った。
馬車は軽やかに動き出す。
「従者一人だけ? 護衛は?」
馬車の窓から辺りを見ても、他に誰も連れ立っていないようだ。
王族が、従者一人だけを連れて外へ出るなど本来なら有り得ない。
驚いた私に、ジーク王子は肩を竦める。
「クラッドは戦闘にも長けている。俺自身、魔術が使えるからな。護衛は一人いれば充分だ」
確かに、ゲームの設定でもジーク王子は強い魔術師だった。
だが、不真面目過ぎてルイスには及ばず、王位継承者として相応しくないと言われてしまっていた。それはこの世界でも同じなのだろうか。
「……お、もうすぐ着くぞ」
ぐるぐる考えていたら、王子が窓の外を見てそう言った。
その数分後、馬車は徐々にスピードを落として停車した。