第三章 本性(1)
ゲームのシナリオが変わってきているのか、ヒロインがサブストーリーの方へ進んだからなのかはわからないが、とにかく私がヒロインへの嫌がらせで処刑されることはなくなった。
そうなると、残る問題はジーク王子との婚約と、彼の暗殺だ。
どうやって婚約者候補から外れるか。
どうやって暗殺するか、または暗殺せずベルフェール公爵の依頼を収めさせるか。
できれば暗殺などせず、婚約者候補から外れて平和な人生にシフトチェンジしたい。
人格のずれで、頭の中でジーク王子を殺せと声がするが、それをなんとか押し込める。
「着いたぞ。ディアスにジーク王子の婚約者候補になったことを話すなら、くれぐれも言葉を選べよ」
自邸に到着し、馬車を降りる父に続く。
と、玄関を開けた瞬間ディアスが一目散に突っ込んできた。
「レリア! お前ルイス王子の婚約者候補からジーク王子の婚約者候補に変更になったというのは本当かっ!」
自宅にいたはずのディアスがその件を知っていたことに驚くと同時に、まずいことになったと目眩がする。
「お、お兄様、どうしてそれを?」
とりあえず、平静を装って尋ねる。
ディアスは忌々しげに顔を歪めた。
「道で会った令嬢に聞いた」
その言葉に、嫌な予感を覚える。
前世の私が最も多くプレイしたルート。何度も繰り返し見た、シナリオを思い出す。
王城では何も起きず、馬車で帰宅中に小型の魔物に襲われ、そこをたまたま通りがかったディアスに助けられるのだ。
普通に考えれば、馬車で自邸から王城を往復する令嬢と道で会うはずがない。
まさか、ヒロインはディアス攻略ルートに入ったのだろうか。
「舞踏会前に出会ったお前にジーク王子が一目惚れして、婚約者候補に定めたというのは本当か?」
早口で捲し立ててくる彼は、明らかに冷静さを欠いている。
回答の仕方を誤れば、彼はすぐさまジーク暗殺に乗り出すだろう。
私は思考を巡らせた。
「本当です。でも、それはジーク王子暗殺のためです」
私が真っ直ぐ答えたことで、ディアスはそれを信じてくれたらしい。
「流石レリアだ! その可憐さで王子の油断を誘い懐に入って暗殺するのだな!」
この世界のディアスは、どうやらシスコンが過ぎるあまり私の言葉は全て信用し、都合の良いように解釈してくれるらしい。
ほっとする私の横で、父も安堵した様子で息を吐いた。
「だがもし、婚約者候補ということを盾に、奴がお前に触れてくるようなことがあれば、この俺が粛清してやる」
ディアスが不穏なことを呟く。
明日早速迎えが来ることを知ったら絶対尾行してくるだろう。
「と、ところで、お兄様が道で出会われたご令嬢というのは、どなただったんですか?」
話を逸らしつつ、その令嬢について尋ねると、ディアスは考えるように顎に手を当てた。
「ん? ああ、名前は何と言ったかな……確か……ああ、そうだ。ブランシュ伯爵家のシルヴィ嬢だ」
さも興味なさそうに答えられた名前に、「やっぱり」と心の中で呟く。
ヒロインはまさかのサブストーリー、ディアス攻略ルートに入ってしまったらしい。
そうなると、ディアスの妹であるレリアも、無関係ではいられない。
ゲームのサブストーリーでは、ディアス攻略ルートに進んだ場合のみ悪役令嬢が登場し、少々ブラコン気質の悪役令嬢が、ヒロインを兄に擦り寄る悪い虫と捉えて嫌がらせをするのだ。
だが、この場合はヒロインがディアスとハッピーエンドになっても、悪役令嬢はディアスから叱られるだけで済み、処刑されるようなことにはならない。
そもそもディアスは王族ではないので、誰かを裁く権利はないのだ。
色々考えて黙り込んだ私に、ディアスは一瞬怪訝そうな顔をしたが、すぐに何か気付いたような顔をし、優しく微笑んだ。
「……ああ、俺はお前以外の女には興味ないから安心しろ。お前以上の令嬢など存在しないのだからな」
微塵も安心できない。
大丈夫かコイツ。
私の好きだったディアスを返せ。
そんな考えが頭を過るが、私は曖昧に笑って誤魔化した。