第二章 転機(4)
ジーク王子のエスコートで、私は大広間に足を踏み入れた。
既に舞踏会は始まっており、国王と第二王子が所定の座に就いていた。
本来国王に続いて一人で入場するはずだった第一王子が、第二王子が入場した後で、女性を伴って現れたものだから、姿を見せた瞬間に会場はどよめきに包まれた。
「ジーク、開始時間に現れないと思ったら、どういうことだ?」
国王が眉を寄せて、王子と私を見比べている。
淡い金髪と緋色の瞳、年齢は四十代半ばといったところか。
顔立ちはジークとよく似ており、ダンディという言葉がピッタリのイケおじである。
国王の視線に居心地悪い思いをしていると、王子は自身の左腕に添えさせた私の右手に、そっと手を重ねた。
周囲に対するパフォーマンスなのか、私を安心させるためなのかは定かではないが、不覚にもその手の温もりに安堵を覚えてしまった。
「国王陛下、入場が遅れましたことお詫び申し上げます……そしてご報告いたします。先程、私は運命の相手と出会いました。彼女を婚約者候補にしたいと思っております」
彼が堂々と宣言した瞬間、広間がざわめいた。
横で、私は内心頭を抱えていた。
この舞踏会にはベルフェール公爵も来ているはずだ。公爵がこの様子を見たらどう思うだろう。
怖すぎて周りを見ることができない。
せめてもの救いは、公爵がメルクリア家の誰がジーク王子暗殺に出向くかを知らないことだ。
私が婚約者候補になることが、暗殺計画の一端だと解釈してくれることを祈るしかない。
「……その令嬢は、メルクリア侯爵の娘か」
国王が、私を見て僅かに目を細めた。
私の顔と家名を把握されていたことに驚きつつ、私は深々と頭を下げた。
「国王陛下にご挨拶申し上げます。レリア・ルーン・メルクリアと申します」
「……レリア嬢は、ルイスの婚約者候補だったと記憶しているが、ジークの婚約者候補になることに異存はないのか?」
異存ならありまくりだ。
だが、今この状況でそんなことは口が裂けても言えない。
私は極力自然に見えるよう、平静を装って答えた。
「ジーク王子殿下が私をとお望みくださるのでしたら、異存はございません」
私の回答に納得したのか、国王は顎に手を添えてふむと頷いた。
そして第二王子を振り返る。
「ルイス、お前はどうだ? 自分の婚約者候補の一人をジークに譲って良いと思うか?」
国王やジーク王子より濃い金髪と翠の瞳を有し、優しそうな笑みを浮かべた青年、ルイス王子は、私を見て小さく頷いた。
「そもそも、婚約者候補を選んだのは僕ではありませんし、レリア嬢とはあまり交流の時間も取れておらずお互いのことも知らない状態ですので、兄上とレリア嬢本人が良いと仰るのであれば僕は構いません」
彼の答えに国王は首肯し、控えていた大臣らしき人物に何やら小声で話しかける。
暫し待つと、状況が飲み込めていない様子の父が、大臣と共に国王の前にやって来た。
挨拶の言葉を述べた父に、国王が静かに告げる。
「メルクリア侯爵よ、今のやりとりは見ていただろう。侯爵は己の娘とジークとの婚約についてどう思う?」
「……畏れ多くも、ジーク王子殿下が決められた事でしたら、私から何か申し上げることはございません」
父も何か言いたげな顔をしたが、私を一瞥してそう答えた。
「ふむ、ならば、私は息子の意思を尊重しよう。この瞬間をもって、レリア・ルーン・メルクリア嬢をルイスの婚約者候補から除外し、ジークの婚約者候補とする。また、ひと月以内に他の候補が現れなければ、正式に婚約を結ぶこととするので、そのつもりで」
国王がそう告げた瞬間、その場にいた全員に衝撃が走った。
通常この国では、王族の婚約者はニ〜五名ほどの候補者が選出され、短くても半年以上の時間をかけて一人に絞られる。一人だけが選出されて、そのまま婚約者になる事は珍しい。
そんな事態になるのは、余程婚約者選びが難航した場合か、または次期国王となる事が決定していて、早急に伴侶を定める必要がある場合のみだ。
ジーク王子の場合は婚約者候補が長らく決まらなかったため、前者であろうが、それをこのタイミングで国王から宣言されるのはかなり異例に思えた。
いずれにせよ、正式に婚約するまでひと月しか猶予がない。
それまでに、なんとかして王子を暗殺しなければ。
頭の中で、もう一人の自分がそう囁く。
私は人格のずれを押さえ込むために、一度瞑目して息を吐いた。