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後編

 その日もいつもと変わらない朝だった。


 いつものように朝早く起きて冒険者ギルドに行き、今の自分でも達成できそうな依頼を受領。そのまま都市の外に出て魔物を狩り報酬を得る…そんな日常を過ごしていた。


 その日の討伐対象はコボルトだった。1年前ならいざ知らす、今の俺なら物の数ではない。数体で団体行動していたが問題なくこれを討伐した。1年前に今の俺と同等の戦闘力があればおじさんは死なずに済んだのではないか…そんなことを知らず知らずのうちに考えてし合うためか、パーティーを組んで依頼を受けるということはしなかった。仲間の死が怖かったのだ。


 そんな余計なこと考えていたせいか、()()に気が付くのに遅れてしまった。そう、オーガたちの縄張り争いだ。


 気が付いたときには周囲をオーガに囲まれてしまっていた。絶体絶命のピンチだ。ただ幸いだったのは、オーガたちの狙いが同種であるオーガであり、俺の事はそれほど注視しているわけではなかったという事だ。


 それでも危機的状況なことには変わりない。オーガたちが俺を邪魔だと判断すれば、今の俺など簡単に殺されてしまう。下手に動いてオーガの注目を浴びるもの下策だ。注目を浴びないよう、ゆっくりと、ゆっくりと後退する。


 何とかその場を撤退することができ、近くにあった洞穴に身を隠す。何とか窮地を脱することが出来た、そう思った俺に再びピンチが訪れる。


 保存食などを入れたバッグを先ほどの場所に置いてきてしまったのだ。耳を削ぎ落すのに邪魔になるのでバッグを地面に置いてその作業をしていたわけだが、その最中にオーガがやってきたのだ。


 今の俺の手持ちは剣と盾。そして腰巻に入れていた治療用の緊急キットと剥ぎ取り用のナイフ、そして先ほど切り落とし討伐証明となるコボルトの耳だけだった。


 結局1年前と何も変わっていないではないか、そう自重してしまうのも気が滅入っていた証拠か。オーガの縄張り争いはその規模からしばらくは続くと思われ、下手に洞穴を抜け出してオーガに見つかれば今度こそ命は無いかもしれない。


 あれほどの規模なら冒険者ギルドも討伐よりも、自然消滅を狙うだろう。いや、縄張り争いによって弱体化したところを冒険者全員でもって討伐するのかもしれない。どのみちこの場所に救援部隊が来るということは無いだろう。


 そうなると、この状況は自分の力で乗り越えなければならない。1年前も上手く生き残ることが出来たんだ、今回も絶対に生き残る。そう強く思い定める。


 覚悟は決まった、そして1年前の幸運にあやかる様にコボルトの肉を食べてみることにした。願掛けだ。そして…1年前のあの時のように、力が湧き出てくるような感覚がした。


 その後の展開は自分でも驚くほど上手くいった。1年前の、何も鍛錬をしていない状態でそれなりに身体能力が上昇していたのだ。今の俺はあの時以上の力の高まりを感じた。帰路オーガに見つかってしまうアクシデントもあったが、これを楽に撒いて城壁に囲まれた安全な都市に逃げ帰ることが出来た。


 その時になってようやく、これは俺の『ユニークスキル』が関係しているのではないか?という考えに至ったのだ。




 その後はトライアンドエラーの繰り返し。様々な魔物の肉を持って帰っては、自分にどういった影響を与えるのかを試してみることにした。


 初めはゴブリンから始めた。簡単に見つけることのできる代表のような魔物だ。そして検証の結果ゴブリンの肉を食せば『暗視』のスキルを獲得していた。これは斥候職の冒険者が喉から手が出るほど欲しているスキルの1つだ。魔物は人間とは違い夜目が効く、それがこのスキルとなって現れたという事だろう。


 俺は歓喜した、しかし翌日にはそのスキルは消えていた。つまり時間制限付きの能力であったと言いう事だ。そして何度も検証した俺に当然のようにある問題に突き当たる。そう、魔物の肉はゲロマズなのだ。


 最初のころは瞳に涙を浮かべながら味わうことなく水と一緒に胃の中に流し込んでいた。それでも、ひどい匂いと舌に残る雑味に苦しまされた。ただ、それが出来るのは小さな肉片の時だけだ。検証により、食した魔物の肉の大きさによって得られるスキルの効果時間に差が出るということが分かったのだ。


 つまり飲み込めるほどの小さな肉片では効果時間が短く、冒険者としての活動に役に立てるのは非常に限られた状況のみとなってしまう。そうなると、大きな肉片を食べるしかない…そうして俺はゲロマズな魔物の肉を調理してまともな味にして食すための試行錯誤をするようになった。


 そして俺は冒険者として様々なスキルを持つ天才冒険者でありながら「美食家」という2つ名を与えられるまで成長したというわけだ。実際は依頼に応じて最適なスキルを獲得しているだけで、スキルを得るための「美食家」というわけだ。






 依頼を片付けた俺は都市郊外にある自宅に帰る。隣家とは離れており広い庭がある以外にこれといった特徴は無い。S級冒険者が住むには少々貧相ではあるが、それもそのはず元々はここはおじさんの家だった。それを他人に使われるのは嫌だなと思い、商業ギルドから買いとったのだ。


 何故商業ギルドから買いとったのかというと、おじさんには身寄りが無くおじさんの遺産を相続する相手がいなかったからだ。それでも領主が管理するのではなく、商業ギルドから借金があったというわけでもないのに、それの所有権を取得するというのはおかしなことだ。


 当時はそれが普通なのかと思い気にも留めていなかったが、この都市で生活する間に常識と言うものを覚え、それがおかしなことであるということを後になって気が付いたのだ。


 その頃にはすでに上位冒険者の仲間入りをしていた俺は、様々な伝手を頼って調査することにした。すると商業ギルドのギルドマスターが、おじさんの様な身寄りが無く亡くなったギルド構成員の遺産を管理するという名目で不正に自分に横領しているということが分かったのだ。


 俺は激怒した。そしてその証拠を領主に突きつけ、ギルドマスターの不正を方々に喧伝していった。領主も上位冒険者の俺の陳述書を無視することは出来ず、ほどなくしてギルドマシターは逮捕され、おじさんの件以外でも様々な不正をしていたとして彼個人の資産はすべて徴収された。


 その一環としておじさんの家が商業ギルドで管理されるという流れになったわけだが、ちょうど拠点を探していた俺がそれを購入するという流れになったというわけだ。




 自宅に入ると方々から集めた調理道具やらスパイスなどが目に入る。スパイスは肉の匂いを消してくれるので重宝しているが、魔物の肉の匂いには効果が薄い。いや、魔物の肉の臭いがきつすぎて消しきることが出来ないのだ。それでも、無いよりは遥かにましだ。


 そして山のように積み上げられている調理道具も、1度調理に使用すると洗っても完全に消し去ることのできない魔物のひどい匂いが調理道具にこびりついてしまうため、何度か使用すると調理に使用できなくなってしまうのだ。その為、予備を含めて大量に買い込んでいる。


 「さて、それじゃ下ごしらえをするか」


 面倒な作業であるので、気合を入れるためあえて口に出して言う。匂いを防ぐための防毒マスクを装備する。今回の獲物はキリングベア。ベア系統の魔物の肉は非常に獣臭い。そのためたっぷりの水にお酒を入れてひたすら煮込む。その時にアクをこまめにとることを忘れてはならない。


 これで何とか食べられる…ということはない。魔物料理は簡単ではないのだ。ここから更に牛乳や酒に漬けて…と、ここまでやってようやく刺激臭から普通に臭い、という段階まで匂いを抑えることが出来る。はっきり言ってこの段階でもまだ臭く、口の中に入れれば口内から鼻に抜ける匂いで悶絶してしまう。


 つまり下処理だけでなく、調理にも気を配らなければならないのが魔物肉の特徴だ。普通の人は当然そんなことは知らないだろう。そこまで手間暇とお金をかけてまで、魔物の肉を食べたいと思う人はいないだろうから。


 まぁ、ベア系統の肉などまだいい方だ。以前食べたトロールの肉は下処理をしても、とてもではないが食用に耐えられぬほどの臭気を漂わせていたのだ。


 これまで様々なゲテモノを食した俺でも、はっきり言って食べたくは無い。しかしトロールを食すことで手に入れることが出来るスキルが「再生」であり、傷を瞬時に回復してくれるという素晴らしいスキルであったため、高難易度の依頼を受ける前には食べざるを得ないモノだったのだ。


 今回の依頼は比較的難易度は低かったため食さなかったが、出来れば食べたくない魔物肉のワースト10には間違いなく入っている。

 

 下処理も終わったし、高難易度の依頼も片づけた。ゆっくり休むことにした。





 翌日いつものように冒険者ギルドに顔を出した。S級ともなれば1回の依頼でかなりの額を稼ぐことが出来るので毎日依頼を受領する必要は無いが、なんとなくギルドに顔を出す気になったのだ。


 「あぁ、良かった。ロジン様、申し訳ありませんが緊急依頼です」


 なるほど、俺がギルドに顔を出す気になったのはこのためか。第6感が冴えているな。ギルドには余程の事でもなければ俺の家に来るなと伝えている。と、いうのも、俺の家では毎日魔物の肉を調理をしているので、はっきり言ってかなり臭い匂いがする。


 換気用の魔道具を常時始動させているのでちょっと前を歩いたぐらいでは気が付かないが、流石に敷地の中に入られてしまえばその匂いが鼻につく。S級冒険者の家が臭い…そんな評判は立てられたくないのだ。こう見えて結構周りからの視線は気になる繊細な人間なのだ。


 そのため余程の事でもなければ家に来てくれるな…そう伝えていたわけだが、先ほどの受付嬢の様子だと余程のことがあったのだろう。


 「何があったんだ?」


 「はい、ギガント・バジリスが出現しました。場所はジトマス平原の西辺りだそうです」


 「なるほど、昨日俺が討伐したキリングベアが出現した辺りに近いな…もしかしたらキリングベアを追ってこの辺りにまで来たのかもしれないな。分かった、準備をしてすぐに行く。大体2時間後ぐらいには出るから、あの辺りにいる冒険者には撤退してもらえ」


 「分かりました」


 俺は急いでに自宅へと帰り…調理を始めた。魔物の肉を使った料理だ。下ごしらえを終わらせているとはいえ楽な作業ではない。時間は諸々の準備もしなければならないから…正味1時間ほどしかない。早く終わらせなければ。




 何とか作業を終わらせた俺はコボルトの干し肉を食べて『疾風』のスキルを獲得し、現場近くまで急行する。今思えばコボルトの肉などそれほど癖のない、魔物の仲では比較的マシな肉だ。下処理に時間を掛ければ、まぁ何とか常食に耐えられる、その程度のレベルにまで持っていくことが出来るのだから。


 『気配察知』で少し離れた場所に強力な魔物がいることを察知する。まだ距離があるがここらで食事を始摂ろう。マジックバッグから先ほど調理した料理を出す。

 

 エビルプラントのサラダ。スケアーフィッシュのスープ。ブラッククロコダイルのポワレ。オーガキングのステーキ。最後のデザートはフルーツケーキだ。ちなみに最後のフルーツケーキは巷で有名な店のものであり、口直しの為に食している。


 口直しを食べてなお、口の中には嫌な感じが残っている。気休め程度にしかならないが、ないよりははるかにましだ。気合を入れ直し、気配のする方へ向かう。




 激戦だった。いや、戦う前から分かっていたことだ。ギガント・バジリスクは、A級冒険者が束にならないと倒せないようなキリングベアを狙ってきていたのだ、つまり少なくともそのキリングベアより強いということになる。


 激戦のあまり、食した魔物の肉が戻ってきたときは2重の意味で死を覚悟した。それでも気力を振り絞り、残りわずかとなった口内のツバを総動員してこれを胃の中に押し込み何とか戦況を維持する。それでも戻ってきた影響で口の中にはひどい匂いが立ち込め、瞳には涙が浮かんでしまい、額には脂汗が噴き出してしまった。


 気を抜いてしまいそうになるが、ここは危険な場所だ。休息もほどほどに都市に帰ることにした。




 「流石はロジン様!まさかこんなに早く討伐するとは…!今回の件は領主様にも話が行っておりますので、ギルドからの報酬に加えて領主様からも追加の報酬が出ると思いますよ」


 「そうか、いいようにしておいてくれ」


 俺は疲れたんだ。俺は疲れたんだ、さっさと帰って風呂に入って寝たい。そんな愚痴を口には出せない。何てったてS級は皆のあこがれ、弱いところを見せてはいけないのだ。


 「すげ~、ギガント・バジリスクってS級冒険者が数人がかりで、ようやく倒せるよな化物なんだろ?それを無傷で倒すなんて…」


 「ああ、彼がS級でも最強と言われても驚きはしないな」


 「全くだ、彼と同じ都市で活動できていることに誇りすら覚える」


 まったく、誰も彼も好き勝手に言ってくれる。実際はギリギリの勝利だってのに。それでも、無傷で帰って来ればそう勘違いしてしまうのも仕方のない事なのだろう。


 本音を言えばすぐにでも冒険者は辞めたい。生涯遊んで暮らせるほどの貯金は出来たし、何よりも魔物の肉を食べるのがしんどいのだ。それでも辞めずにいる理由は、この都市の先輩冒険者には世話になったし、おじさんの家の件で領主にも借りが出来てしまったためだ。


 その恩を返さなければ…その一心で今なお冒険者を続けている。人の世界はままならない、心からそう思った。



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