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前編

 「キリングベア討伐を完了した。素材の買取を頼む」


 「流石はロジン様、いつも通りお早い対応ですね。今回は緊急依頼でありましたので、討伐報酬と買取価格を上乗せさせていただくとギルドマスターから言伝をもらっております」


 「そうか、任せる」


 そう言って討伐したキリングベアの素材を冒険者ギルドの受付嬢に渡す。素材の買い取りには時間がかかるが、あらかじめ契約をしていれば依頼の報酬金額と合わせて俺のギルドの口座に自動で振り込まれることになっている。つまりここでの用事はもう終わったと言ことだ。周りの冒険者からの羨望の眼差しを浴びながら冒険者ギルドから出る。


 「すげ~、キリングベアだってよ。確かA級冒険者が束になっても敵わないってやつだったよな。それを誇るでもなく、あんな淡々と流すなんて。憧れるぜ」


 「ああ、彼はわずか18歳でS級にまで上り詰めた天才だ。やはり俺達とはモノが違うな」


 「ったく、羨ましいぜ。俺も彼みたいに『スキル』に恵まれてりゃな…」


 「それも才能の差だろう。にしても、あれだけ強けりゃ女なんていくらでも寄ってくるだろうに、興味があるのは食い物の事だけだからな。やっぱ、天才ってのは俺達とは違う生き物なんだろうぜ」


 「食い物の事だけ?」


 「何だ、オメェ知らねぇのか?商店街の朝市に行ってみな、彼が各地から取り寄せたスパイスやら高級食材やらを大量に買いこんでるぜ。そんでよ、ついた2つ名が『美食家』なんだ」


 まったく、誰も彼も好き勝手なことを言ってくれる。俺だって好き好んで大量に高級食材を買い漁っているわけではないのだ。ひとえに、俺の『スキル』の為なんだが…わざわざ手の内を晒すことはない、さっさと家に帰って今日捕った食材の下処理をしておかなければ。ただでさえゲロマズなのに余計に食べられなくなってしまう。




 『スキル』この世界の生物が持つ異能であり、人間が人間よりもはるかに強力な膂力をもつ魔物に対抗しうる数少ない切り札の一つだ。『スキル』は大きく分けて2つ存在しており、1つは生れながらに持つもの、そして2つ目は生後の鍛錬によって習得するものだ。


 多くの人間が生まれもつスキルも、基本的には特別なものというわけではない。多くは『剣術』や『農耕』のスキルのように、後の鍛錬によって獲得できる『スキル』であることが一般的であるからだ。


 つまり生まれ持った『スキル』でその人の一生が左右されるというほどでもない。とはいえ、当然例外はある。珍しいスキル、例えば『鑑定』や『回復』のスキルを持っていれば国に管理される一生を送る事にはなるが、基本的にはそのようなケースは本当に極稀であるのだ。とはいえ一般人にとってそのスキルの『鑑定の儀』はそれなりに意味を持つ行事の1つであるのは違いはない。




 俺は辺境にある村の商店の3男坊としてこの世に生を受けた。勤勉な父親と優しい母親、父親にそっくりな上の兄貴と母親にそっくりな下の兄貴に大切にされながら幼少期を過ごし、5歳の時、村に来た『鑑定の魔道具』を持った領主の配下である騎士によってスキルの鑑定を受けた。


 『鑑定の魔道具』とは読んで字のごとく、対象の『スキル』を把握することのできる魔道具だ。ただし性能はそれほど高くはなく、あくまで鑑定できるのはスキルの名称だけ。まぁ、国で管理するような貴重な『スキル』は名称が分かっているので問題は無いというわけだ。


 そんなわけでこの年、5歳になった子供らの『鑑定の儀』が一斉に始まった。次々と鑑定されている子供たち。みな、どこにでもあるような平凡な『スキル』ばかりだ。そんな中ついに俺の鑑定が始まった。


 「この子のスキルは…『魔喰』だ!」


 一同聞いたことのない『スキル』の名称に驚いている。当然俺自身もだった。周囲の反応から何か悪いことをしたのかもしれない、そんな不安に苛まれ鑑定をした騎士に聞いてみた。


 「……ん?あぁ、確かに聞いたことのない『スキル』だ。恐らくは『ユニークスキル』なのだろう。能力は分からないが…ま、自分で色々と検証してみるといい。もしかしたらすごい『スキル』かもしれないぞ」


 といった感じで軽く流されて、次の子の鑑定が始まった。その後、俺達の村には貴重な『スキル』持ちはいないということが判明し、騎士たちはそそくさと帰っていった。特に落胆しているように見えなかったのは、それが普通であり、貴重な『スキル』持ちなどそう簡単に見つかるものではないと思っているからだろう。


 『ユニークスキル』とは極稀にその人のみが持つ『スキル』のことだ。もちろん珍しい『スキル』ではあるが、国が管理するような『スキル』ではないという事だ。


 ひと昔までは『ユニークスキル』持ちも国に管理される対象であったらしいが、『ユニークスキル』は当たり外れが大きく(はずれの方が断然多い)、かつて『水歩』という『ユニークスキル』持ちがいたが、その『スキル』で出来たことが、読んで字の如く水の上を歩くことだけだったらしく、高い金を出して管理したのがばかばかしい…そんな案件が多発したことで『ユニークスキル』持ちは国の管理対象から外されてしまったというわけだった。


 つまり『鑑定の儀』を受けたその後の俺の人生も、特に変わったことは無かったということだ。


 月日が経ち俺も13歳になった。その頃には上の兄は勉学の為に領都にある学校へ通い始め、下の兄は母方の祖父の孫…つまり俺達にとって従妹の家が娘しかいないらしく、婿養子に出されて行った。


 俺も今後の身の振り方を考えなければ…そう考えているときに父の古い友人が、たまたま俺達の住む村に立ち寄った。なんでも行商の途中であるとのことだ。チャンスだと思った。正直こんな小さな村にずっといるというのも気が滅入っていたからだ。


 このままではどこか適当な農夫に婿に出されて一生田畑を耕す生活を強いられる。そんなものは耐えられない。その日のうちに父とその行商に頼み込み、行商の丁稚として雇ってもらうことになった。


 それから半年、行商のノウハウを学びながら旅をした。当然辛く苦しいことも多かったが行商のおじさんが優しかったこと、そして色々なところを見ることが出来る…そんな新しい生活が楽しくもあった。しかしそんな生活は長くは続かなかった。


 馴染みの村に仕入れに行く道中コボルトからの襲撃にあったのだ。本来ならその場にいないはずの魔物だ。後から知ったことだが少し離れた場所で冒険者達がコボルトと戦い、彼らのミスで取り逃がしてしまった個体がここまで逃げて来たらしい。


 幸いおじさんはそこそこ戦うことが出来たが、コボルトも自分の生死がかかっている。白熱した戦いの末、おじさんの剣がコボルトの胸に深く突き刺さる。勝利を確信したおじさんは油断してしまった、コボルトが最後の力を振り絞っておじさんの首に嚙みついたのだ。


 おじさんは即死だった。コボルトも後を追うように息絶えた。そして俺は一人ぼっちになった。


 道は何となくではあるが覚えている。行くあてのない俺は、おじさんの荷物を持ってとりあえず目的地である村まで行くことにした。ただ1つ問題があった。それはおじさんが持つマジックバッグはおじさんしか使うことが出来ない、つまりマジックバッグの中にある食料を俺が取り出すことが出来ないという事だ。


 村まで順当に行けたとしても俺の体力では数日はかかる。過酷な旅路によりエネルギーは大量に消費されるため、何も食べずにたどり着くのは不可能に思えた。そこで俺がとった手段…コボルトの肉を食べることにしたのだ。


 当然、魔物の肉が食用に向いていないという事は知っている。しかしそれ以外に食べられるものは無い、苦肉の策だ。コボルトの毛皮を剥ぎ、肉を切り取って口の中に放り込む。


 臭い、苦い、固い。とてもじゃないが食えたものではない。幸い水は自分の分は持っていたので、それを飲んで肉を胃の中に流し込んだ。ただ、そのひどい味とは裏腹に肉を食したとき自分の力が増したような気がした。それはエネルギーを補給したが故…だけのものではないと直観的に理解した。


 とりあえず、移動に邪魔にならない程度のコボルトの肉を持って村に向かうことにした。そして俺の直観は的中していた。本来なら数日はかかると予想された移動も、わずか1日で走破してしまったのだ。


 村についておじさんが死んだことを伝えると、村長を含め多くの村の大人たちが悲しみ俺に同情してくれた。おじさんがそれだけ村の住民から信用されていたのだろう。その日は村長の家でゆっくりと休ませてもらうことが出来た。


 明けて翌日。ゆっくり休めたことで体調は万全。しかし前日まで感じていた力の高揚感が無くなっていた。あれは、自分の生命が危機に瀕したが故の火事場の馬鹿力だったのか…そう思っていた。魔物の肉を食したが故の力であったことを知ったのはしばらく後の事だった。


 村で食料を仕入れた俺はおじさんの拠点がある都市に帰り、商業ギルドにおじさんの死を伝えた。その時に近くでコボルト討伐の依頼があり、その不備があったと知らされた。そして冒険者ギルドから、わずかながらではあるが見舞金を渡された。


 はっきり言ってこの程度の金で今後の生活が成り立つわけがない。故郷に帰ろうにもかなり距離が離れており、今の所持金では帰ることは不可能だった。


 他の店で丁稚をしようにも、丁稚になって日が浅い俺にはその伝手が無かった。商業ギルドも俺の丁稚先を紹介してくれるでもなく、冷たくあしらわれてしまう。そうなると取れる手段は限られてくる。俺は仕方なく誰でも成れると言われる冒険者になる道を選んだ。


 そこからは丁稚そしていた頃以上に大変な日々だった。これまでの人生で剣を振るったことのない俺は、そこから学ばなければならなかったのだ。日中は都市の雑用をこなして日銭を稼ぎ、夜は冒険者ギルドの練武場で剣の鍛錬をしている冒険者の様子を盗み見て戦い方を学んだ。


 運が良かったのは、毎日ボロボロになりながらも必死に強くなろうとしている俺を何かと気にかけてくれる先輩方に恵まれていたことだ。時にさりげなくアドバイスされ、時に買い過ぎちまったからお前にもやるよと、屋台の飯を奢ってくれる人もいた。


 冒険者としての才能がそれになりにあったのか、そんな生活を1年も続ければそれなりに強くなることが出来た。『剣術』スキルはもちろん、冒険者に必要なスキルをいくつも獲得することが出来た俺は一人前とは言えずとも、半人前と言えるぐらいには成長することが出来ていた。


 最初は故郷に帰るための路銀を稼ぐためと思っていた冒険者稼業も、その頃には故郷に帰りたいという気持ちは希薄となっており、このまま冒険者として生活していくのも悪くないと思うようになっていた。


 そんな俺に再び不幸が訪れる。オーガ同士の縄張り争いに巻き込まれてしまったのだ。


 

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