ファミレスで「シェフを呼んでくれたまえ」って言ったらガチの超一流シェフが出てきちゃったんだがwwwww
俺はイタズラ好きだ。
今日も大学の友人である健介と一緒に昼飯を食べに行く約束をしているのだが、『少し遅れる』とメールを送った直後に時間通り待ち合わせ場所に到着した。
「よう」
「うわっ、ビックリした! 今遅れるってメール来たとこだったのに」
「ハハハ。さ、メシ食いに行こうぜ」
「ったく、お前って奴は……」
呆れる健介。呆れながらも俺のイタズラになんだかんだ付き合ってくれるのでよき友人である。
「で、今日はお前オススメの店に行くんだろ」
「ああ、あそこに行きたいんだ」
健介が指さしたのはどこにでもあるチェーン店のファミレスだった。
「えぇ~? ファミレス?」
俺は露骨に不満をあらわにする。わざわざ待ち合わせしてメシを食いに行くのにファミレスってのはどうもなぁ。イマイチ気乗りがしない。
「ま、いいからいいから。あそこはすごく美味いって評判なんだ」
「別にいいけどさ」
かといって強く反対する理由もないので、俺たちはファミレスに行く事にした。
***
ファミレスにやってきた俺たちだったが、店内は満員だった。昼時というのもあるのだろうが、健介がオススメするだけのことはあるのだろう。
店員さんから名簿に名前を書いて欲しいと言われたので、ここでまた俺はイタズラ心を発揮した。
俺の名は宮村明人なので、本来なら「宮村」とでも書くところだが、俺は「徳川家康」と書いたのだ。
「徳川家康様 2名」という記述を見て、健介はやはり呆れていた。
まもなく、店員からアナウンスが来る。
「2名でお待ちの徳川家康様~!」
こういうことをやる奴には慣れっこなのだろう。店員は普通のテンションだった。
それでも俺は、
「江戸幕府開くぞ!」
と健介に呼びかけるのだった。
……
席についた俺と健介はさっそく注文する。
俺はチキンステーキを頼み、健介はチーズハンバーグを頼む。ついでにドリンクバーも。
程なくして、注文した食べ物が届く。気乗りしてなかったとはいえ、実際に料理を目の前にするとテンションが上がる。
ステーキを一口食べた俺は、思わず声を上げた。
「おお、うまい!」
「だろ?」
焼き加減が絶妙で、柔らかく仕上がっている。タレともよく合っている。
「いや、これ、マジでうまいわ」
ナイフとフォークが止まらない。
せっかく健介と来てるのにろくに雑談もせず、瞬く間に平らげてしまった。
「ふぅ、うまかった」
腹をポンポンと叩き、ご機嫌になる俺。
「マジでうまかったな。ファミレスの飯ってこんなにうまかったっけ?」
「シェフみたいなアルバイトがいるのかもな」
健介のこの言葉で、俺のイタズラ心がムクムクと膨らんでくる。
「あ、そうだ。“シェフを呼んでくれたまえ”ってのやってみたいな」
こう独りごちる。
しかし、もっと席が空いてるならともかく、繁盛してるファミレスでこんなことをやるのは迷惑行為でしかないだろう。「忙しいのに下らないことすんな」と思われるに決まってる。
すると、健介が――
「やってくれないか」
「は?」
いきなり、妙なことを言い出した。
いつもは俺の下らないおふざけを諫めるタイプだというのに、「やってくれ」と言い出したのだ。
「頼む、シェフを呼んでくれ」
「どうしたんだよ」
「頼む!」と健介。
こうまで必死に頼まれると、俺としても断れない。
俺はなるべく手が空いていそうな男の店員さんを見つけ、話しかける。
「あのー……ちょっとすみません」
「なんでしょう?」
「シェフを呼んでくれたまえ」
なるべくドヤ顔を作って俺は言った。
てっきりあしらわれるかと思いきや、店員さんは少し考えてから「少々お待ち下さい」と言って、厨房に向かっていった。
マジかよ、こんなしょうもないイタズラに付き合ってくれるのかよ。
やがて、店員さんが一人の男を連れてきた。
俺はその男に見覚えがあった。
「あ、あなたは……!?」
「ほう、私を知っているのですか」
知っているも何も超有名人である。
彼の名は須藤健三。海外の権威ある賞も獲得したことのある料理人で、日本を代表する超一流シェフといっていい人物だ。たしかどこかの高級レストランに勤めていたはずだ。
だが数ヶ月前、あるテレビ番組の料理対決企画で須藤シェフは完敗を喫した。「食べる人のことをまるで考えていない」というのが敗因だった。俺も番組を見ていたが、須藤シェフの料理はたしかに美しく芸術的ではあったが、独りよがりなシロモノではあるなぁ、という感想を抱いたのを覚えている。
その後のことは詳しくは知らないが、マスコミからも結構「須藤シェフ惨敗!」という風に騒がれ、ネットでもしばらく「意識高い系シェフ」「自己満料理人」などと揶揄されていた。まさかこんなファミレスで働いていたとは……。
「お客様、私をお呼びになったそうですが……」
「ええ、まあ……」
シェフを呼んでくれたまえと言ったら、本当に超一流シェフが出てきてしまった。こんな事態、想定すらしてねえよ。俺がどうしようか悩んでいると……
「こんなところで何やってんだよ、親父!」
いきなり健介が須藤シェフに怒鳴った。俺は驚いて身をのけぞる。って、あれ親父?
そういえば、“健”の字が共通してるし健介の名字も「須藤」だった。まさか――
「健介……!」
「勤めてたレストラン辞めて、なんでファミレスにいるんだよ!」
問い詰めるような口調だった。
「あの料理対決で負けたからか!? 惨敗だったもんな、食べる人のことを考えてないって!」
俺もようやく事情を把握する。
料理対決で敗北した後、須藤シェフは金持ち御用達の高級レストランを去り、ワンコインランチを提供するファミレスに転職していたのだ。
なるほど、どうりで並みのファミレスに比べて料理が美味いわけだ。なにしろ超一流シェフが厨房にいるのだから。ちょっとした味付けや焼き加減などで大きな差が出るのだろう。
「違う。私は……」
「言い訳なんか聞きたくない! 親父は逃げたんだ!」
ここぞとばかりに父を責め立てる健介。
健介が俺をここに連れて来た狙いが分かった。おそらく須藤シェフは敗北後、行方をくらましたのだ。もちろん、失踪騒ぎにならないよう最低限の連絡はしていたのだろうが。
一方の健介はいなくなった父がここで働いてるのを突き止めたが、正面から行けば会ってもらえるか分からない。だから、俺なら「シェフを呼んでくれたまえ」というイタズラをすると踏んで、ここに連れてきたのだろう。
実際、俺は健介の誘導で「シェフを呼んでくれたまえ」と言って、須藤シェフは律儀に出てきた。やるな健介……と俺は思った。
そんなことを考えてる合間にも、健介は父を責め立てていた。
「たかが料理対決で負けたぐらいでファミレスなんかで働きやがって! 落ちぶれやがって! あんた、情けなすぎるよ!」
俺の推理が当たってるとすれば、健介が怒る気持ちも分かる。
だが、俺はだんだんと健介に腹が立ってきた。いくらなんでも言い過ぎな気がする。親子の問題に口を挟むべきではないが、つい挟んでしまった。
「ちょっと待てよ健介」
「なんだよ」
「シェフがファミレスで働いちゃいけないなんて法律はないだろ。ファミレスで働くのはそんなに恥ずかしいことなのかよ」
「いや、それは……」
口ごもる健介。俺自身、別にファミレスに思い入れがあるわけでもないし、なんでこんなにファミレスの肩を持ってるのかは分からなかった。とにかく、須藤シェフがファミレスで働くことを頭ごなしに否定する健介にカチンときてしまったのだ。それに――
「親父さんの話も少しは聞いてやれよ」
「う……分かったよ」
健介もようやく落ち着いたようだ。俺は口を挟んだのは間違いではなかったな、と思いほっとする。
須藤シェフが語り始める。
「あの料理対決に負け、私は打ちひしがれた。自分の料理人人生全てを否定されたような気分になった。マスコミからもバカにされ、インターネットでも叩かれ、料理人をやめようとすら考えた」
「親父……」
「だが、私は失意の中たまたまこのファミレスに入った。そして、大勢のお客さんがワイワイと楽しそうに食事をしているのを見た。その時、気づいたんだ。私に足りなかったのはこれだったのだと。私は美や味の追求には労力を惜しまなかったが、お客の反応などまるで興味も持ってなかった、と。一流シェフなどと呼ばれ思い上がり、いつしかそんな基本的なことを忘れていたのだと」
なるほど、ファミレスで初心を思い出したということか。
「だから私は……勤めていたレストランには休みをもらい、こちらのファミレスの店長さんに頼み、しばらく働かせてもらうことにした。無茶なお願いだったが、どちらの頼みも聞き入れてもらうことができた。本当にありがたかったよ」
そして、俺と健介がファミレスにやってきて今に至る。
「そうだったのか……」と健介。「でもちゃんと俺にもそのことを教えて欲しかったよ」
それはそうだ。須藤シェフの行動が色々と非常識だった点は否めない。シェフとしても父親としても。
「すまん……」
「もういいよ、親父。俺こそ言い過ぎた。ごめん……」
謝罪し合う親子。
すると、ファミレスの店長さんがやってきた。中年で、温厚そうな顔つきをしている。
「須藤さん」
「店長!」
「あなたにはずいぶんお世話になった。もうそろそろ、ご自分のいたレストランに戻られてもいい頃でしょう」
「いえ、私こそ本当にお世話になりました。おかげで料理人として大切なものを取り戻せました」
健介も須藤シェフに右手を差し出す。
「親父……」
「健介……」
握手を交わす二人。
親子が和解してくれた。よかった、本当によかった。
周囲の客たちも微笑んでいる。
「じゃあ……俺、飲み物でも持ってきますよ」
ドリンクバーでオレンジジュースを三杯作る。
俺はイタズラ心で、健介と須藤シェフのジュースにはほんの少しだけ砂糖を足した。
おそらく流した涙で、二人の口の中は少ししょっぱくなっているだろうから……。
おわり
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