有言実行
「この間の光すごかったですねー、噂ではいろんなところが光ったらしいですけど、2度光ったのはこのストロンダール領だけだそうですよ! すごいですよね!! 何でなんでしょう」
相変わらずこのメイドは明るくて太陽のようだとリーアは思う。
最近はこれが一日の始まり方だ。
ここのところ毎日リーアは夜のお勤めで疲れ果てている。昼前まで寝て、目が覚めても動く気が起きるまでこのメイドのおしゃべりを聞いて過ごすのだ。
しかし、昨日の夜、夫は来なかった。これは良い兆しなのかもしれない。
「今日は旦那様は仕事なの?」
「まだ休暇中のはずなんですけどねー、お城から呼び出されたとかで」
「へー何かしら。魔物が出たりしたのかしらね」
「確かにそう言うことで呼び出される事は結構ありますね」
「この屋敷は王城から一日の距離だから呼び出しもしやすいのかしらね」
会話を続けるため、リーアは適当に話を合わせた。
「ええ。それに旦那様は魔法がお上手ですから、瞬間転移? も出来ますよ。急ぎの時はそれで行き来されます。でも馬が好きですから、滅多にされませんけど」
「へーさすが騎士団長ね」
「そうなんです。そういえば奥様は魔法は何かできるんですか?」
「私は回復が出来るわよ。針で指をついたら私を呼んでちょうだい」
「え、すごーい! 聖女様みたいですね!」
「何? 聖女って」
「知らないんですか? ミドレイシア神話に出てくる聖なる巫女様です」
「巫女って……?」
「神様に見染められて、神様に子供を孕まされたり、世界中の人を祈りで救ったりするんです!」
「ああ、おとぎ話の類いね」
孕まされると言うことは無理矢理なんだろうか? 神様と人って結婚できるの? と思いながらもその手の話に疎いリーアはメイドの話を楽しんだ。
昼になって意識がしっかりし出すと、リーアは屋敷の書斎に行き、執事のゴードンに探してもらった地図を開いた。
「事業を始めるなら場所が必要よね!」
ゴードンに聞き取りをしながら良い場所を探る。
「何を作るおつもりですか?」
「そうね、何かいい案はないかしら。この土地は何が名産?」
「ここは土がいいので、普通の農作物であれば大抵のものはうまく育ちます。ですから何か作りたいものがあれば、なんでも試してみるのがよろしいかと」
「そうなの、いいわね。だったら旦那様は何故騎士団に属しているのかしら。領地経営で充分やっていけるでしょう?」
「確かにそうなのですが、あの方は気性が荒くていらっしゃる上、魔法使いとして有能でしたので、学生時代のクラブの先輩にスカウトされてそのまま入隊されてしまいました」
「脳筋なのね。わかるわ」
「奥様がその気になっていただけるのなら、管理の一部を移すように進言いたしますが?」
「ありがとう。助かるわ。私これからこの町でたくさんの雇用を生み出したいの」
「それは素晴らしいお考えでございます」
地図を覗き込む。
「ではこの土地を、まずは豪華な広場にしましょう」
リーアはと地図の大きな森を指差し、にっこりと笑いかけた。
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ケインが五日後に帰ってきた時にはすでに大掛かりな工事が始まっていた。なんとか食いつなぐほどの些細な仕事でやりくりしていた男たちは全てリーアに雇われ、今は森の伐採や、広場の石畳のための石の切り出し作業、レンガ作りに従事している。そして、その男たちの腹を満たすために昼まで雇われた主婦たちが昼食の炊き出しを行い、街は活気に満ちていた。
「なんだこれは……」
屋敷についたケインがまず怒声を浴びせた先は執事のゴードンだった。
「何が起こってるんだ!」
「奥様の事業でございます。詳細は奥様が手紙を出されましたが?」
「私は見ていない」
「そうでございますか。不思議ですね」
実は手紙は受け取っていて、中身を見ずに荷物の底に押し込んでいた。どうせドレスを作るから金を使わせろとかそんなところだと思っていたのだ。だがまさか、こんな事だと知っていれば、もっと早く帰っていたものを。
「なるほどな、あの女は俺が文句を言ったことは全て実現しなければ気が済まないということか」
ケインはあの日の言い合いを思い出して奥歯を噛み締めた。
「全く思い通りにいかない女だ。無駄遣いばかりしていたと思ったら次はこれか」
そう呟くと、ゴードンが咳払いして言った。
「奥様は無駄遣いなど一つもされておりません」
「では私の元に来るあの請求書は何だ」
「あれは必要なものでございます」
「着飾るものが必要! さすが女だな」
鼻で笑うと、何故かゴードンからゴミを見るような目を向けられた事に気づく。
「旦那様……貴方は何を着ておいでですか?」
「服だ」
「そう、それも侯爵の名にふさわしい、素晴らしいものばかりを身につけていらっしゃいます。しかし奥様がこちらに来られた時、あの方の着ていた服は貧乏な子爵の娘時代のものです。それはあなたの妻である侯爵夫人に相応しいものでしょうか? あなたの妻が、領民と同じような庶民が着古したようなドレスを着ていることが相応しいことだと? 私たち使用人が仕える奥様として、その姿が正しいものだと思われますか?」
ケインは執事の言葉に黙り込んだ。
ぐうの音も出ない。
「わかった……俺が間違っていたようだ」
素直に謝ると、珍しくゴードンが微笑んだ気がした。
「それから、もう一つ差し出口を挟ませていただきたく思うのですが」
「言ってみろ」
「奥様は旦那様がいらっしゃらない間、朝から元気に活動され、疲れが見られない様でございます」
「どう言う意味だ?」
「旦那様がいらっしゃる時は昼前までぐったりされておりましたので」
ケインが訝しんで目を向けると、執事は意味ありげに顔を逸らした。
「俺の夜が激しすぎると言うことか?」
「いいえ。ただ、もう少し早い時間に初めて、夜中はきちんと眠らせて差し上げた方が、日常生活が送りやすいかと」
「なるほどな……」
ケインは真面目にその案を採用することにして話を戻した。
「で、彼女の事業とはどんな内容なのだ」
この信用のおける執事の肩入れ具合に、もう彼女を見くびる気は無くなっていた。
どうやら自分の目が節穴だったようだ。