女の扱いがなってない
数日経ってもケインは侯爵邸にいた。どうやら休暇中のようだ。
リーアはメイドの予告通り毎晩部屋に訪れるケインにゲンナリしていた。その上今日は昼間に書斎に呼び出されたのだから非常に警戒していた。
「何の用かしら」
ケインは威厳たっぷりに後ろで手を組み窓に向かったまま喋った。
「君も侯爵夫人になったわけだし、領地を見て回るなら案内するが」
それはリーアにとってありがたい申し出だった。
ずっと家の中で使用人達に大事にされ、ペンを持ち上げる以外の筋肉を使う仕事はしばらくさせてもらっていなかった。ぜひ馬に乗りたい。
「そうね、私たちが治める土地を見て回るのは大事だわ」
リーアは馬に乗ることは叶わなかった。
ケインの操る屋根無しの馬車に乗せられたからだ。
「まあ、いいわ」
「何か不満があるのかな、奥様」
隣からケインがまたわがままか、と言うような目で見てくる。
どうやらこの夫にリーアはワガママ娘だと思われているらしい。使用人がリーアのためにと頼みもしない洋服屋を呼んだり、靴屋、帽子屋、宝飾屋を呼んで請求書をじゃんじゃんケインに回している罪は全てリーアのものになっているようだ。
しかしその散財は仕方のないことなのだ。リーアは突然、貧乏子爵の娘から侯爵夫人になってしまったのだから、何の準備もなかったのだ。使用人はしなくてはならないことをケインの代わりにしているだけだった。
本当に使用人の言っていた通りの気の利かない男だわ。とリーアは思った。もちろん使用人は悪口としていったわけではないのだが。
「いいえ、独り言よ。不満なんてありません」
リーアは使用人が選んで揃えてくれた侯爵夫人セットで全身包んで貴婦人らしく微笑んだ。
あの素晴らしい使用人達のためにそうする事は全く苦ではなかった。
+
何人かの領民の家を周り、今日はこのくらいにしておこうかと言う会話を終えた後、ひと騒動起こった。
30代くらいの男が二人、馬車を追ってきて物乞いしたのだ。
「領主様、お願いします。少しで良いので恵んでいただけないでしょうか」
「嫁が病気なんです」
ケインが馬車を止めると二人の男はその場で土下座した。
リーアが馬車を降りて話を聞くと、二人は兄弟だと言うことだった。兄の方は昔の怪我で片腕が不自由で、弟は奥さんが病気で、たくさんの子供の世話で満足に働けないらしい。
「大変ね、腕を見せてくれる? それに奥さんのお見舞いにも行くわ」
リーアが兄の方の腕に手をかけると、ケインが遮った。
「待て。お前達は仕事ができないと言ったが、きちんと勤めていたことはあるのか?」
二人は後ろめたそうな顔をした。
「しかし……」
「いいの、この人のことは気にしないで。あなたの怪我を治すわ。それから奥さんのところへ連れて行って」
リーアは言うと同時に力を使った。兄の肩に触れ、全身の不調を全快させる。一瞬光に包まれた後、男は驚いて腕を動かした。
「これは……なんてこった。奥様は聖女様だったんで?」
「バカ言わないでちょうだい。ちょっと得意なだけよ。さあ、奥様のところへ案内して」
「待てと言っている!」
後ろから肩を掴まれた。ケインが馬車を従者に任せてリーアの後ろに立っていた。
「邪魔しないで貰えるかしら」
「そういうわけにはいかない」
「何でかしら。私があなたの領民の怪我人や病人を治すことが悪いこととは思えないんだけど?」
「それはどうかな」
突然の夫婦の険悪な様子に、そこにいた兄弟は驚いて様子を見ている。
ケインはイラついた声でリーアを威圧した。
「君は全ての人を救えるわけでもないのに、力をそこかしこで使うべきではない」
「何で? 人を救わなきゃこんな力、何の意味もないじゃない」
「……屋敷でドレスや宝石を買い漁って綺麗に見られるよう着飾った後は、目についた領民を助けて人気稼ぎか? そんなに領民に良く見られたいか? 偽善だな」
リーアは目を見開いた。偽善ですって?
「何を言ってるの? 私が人に良く思われたくてこうしたと言いたいの? 嫌な人!」
「だが君が彼らの体を治したところで、彼らには明日を生きる金もないんだぞ」
「じゃあお金をあげるわ!」
「結局仕事がなければ長くは続かない」
「では彼らを雇うわ!」
「だが、他にもたくさん同じ苦しみを感じている人はいる……!」
「では事業を起こしてこの街のみんなが働けるようにするわ!」
「そんなことは不可能だ!」
ケインは怒鳴った。リーアは睨んだまま怯えもしない。
「それに君がこの男を治したことがわかれば、他の怪我や病気で苦しむ者たちは嫉妬する……」
「ではこの町の全ての人を治しましょう」
「そんなことは出来……」
リーアは領地全体を光で覆った。
ケインは目を見開いて絶句する。
数秒後には家家から歓声が上がり出した。
「君はなんてことを……ここが治ったら、世界中の病人怪我人が押し寄せるぞ……」
「ではこうしましょう」
また世界が光に包まれた。
ケインは再び絶句した。いや放心した。
「……何をした」
「この世界の全ての人を治したの。これでどこが発生源かもわからないでしょうから、ここに病人は押し寄せないわ。さあ……まだ文句があるのかしら」
「……君は何を言っているんだ」
「あなたが言ったんじゃない。全ての人を救えるわけじゃないのに目の前の人を助けるなと」
リーアは馬鹿にするように流し目した。
「お忘れかしら」
+
数日後の王城、会議室。
「ケイン・ストロンダール騎士団長……」
生気のない声で名前を呼ばれる。
そこでは王や重臣、役人、研究者が雁首を揃えて頭を抱えていた。
「一体、彼女に何をさせたのかね……」
ケインは立ったまま、絶望した面々の冷たい視線に晒された。
「少し、領民の事で口喧嘩をしまして……」
「それで?」
「怒った彼女に物事の通りを解こうとしたんですが……」
「彼女に君はどんなことを言って、彼女は何をしたんだね」
「はっきり言いたまえ、誰もが見ている前で全てが……いいか、目に見える景色全てが光に包まれたんだぞ!」
ケインは睨みつける視線を無視した。
「私が言ったのは、彼女に軽々しく力を使わせない様にさせようとしてですが……たしか『領民によく見られたいがために力を使うのは偽善だ』と。彼女は力を使って見せ『この世界全ての人間を治した』と言いました」
「偽善だと……」
「何故そんな言い方を……」
「世界全てだと⁉︎」
「それが彼女にできると言うのか!?」
「だが確かに他国の新聞にも光と治癒の記事は載っていました……」
「なんてことだ」
ケインは付け足す。
「彼女は世界すべての人を治したから『発生源はわからない』と」
「貴様、胸を張って言うことか! 恥知らずめ!」
「でかい図体して、女の扱い方もわからんとは」
「この男、本当は彼女の存在を隠す気などないのでは……」
「王よ、この男の事を本当に信用していいのでしょうか……?」
その後、ケインは「もういい!」と会議室を追い出された。
「一体どう言うことなんだ。俺が悪いのか?」
「まあ、そう言えなくもないでしょ」
トーマスは苦笑いした。
「団長、まあそう落ち込まないで」
「俺がいつ落ち込んでいると言った」
「あーはい。失礼しました」