王様驚く
王城に着くと、リーアと両親は大広間に通された。ついてきた騎士は団長のケインと副団長のトーマスのみ。
部屋は広々として豪華だった。部屋を囲む窓が大きく、高そうなカーテンがぶら下がっている。リーアはそのカーテンと自分のドレスの生地を見比べて貧乏な自分にうんざりした。
しばらくして王が入室し、高い位置に据えられた玉座に腰を下ろす。王は五十代の落ち着いた雰囲気を纏った男だった。きちんとした高級そうな生地の服で身を包み、艶々のブーツを履いている。
リーアは目を合わせるのを恐れて、その爪先に視線を固定して、頭を下げた。
威厳ある王が口を開く。
「君が回復能力を持つというリーアか。顔を上げたまえ。その力が本物かどうか見てみたい。準備はそこに整っている。やってみせてくれ」
リーアがおずおずと顔をあげると、王が手で示す方に顔を向けた。そこには部屋に入った時から真っ白いカーテンが引いてあった。カーテンが開かれ、中にベッドが五つ並んでいるのが見えた。苦しそうな人達が横になっている。
「それぞれ病気の者と、怪我して死にかけておる者だ。どうだ、直せるかやって見せてくれ」
ベッドの周りには研究者風の者や役人らしき者たちがたくさん立っていて、紙とペンを構えてこちらを見張っている。
何だか訳のわからないうちに無理やり連れてこられ、今度は有無を言わさず力を見せろと言われている。その事にリーアはだんだん腹が立ってきた。
だからその場から一歩も動かずこの部屋全体を光で溢れさせた。
全員が何が起こったのかと慌て、王を守ろうと動いた時には全て終わっていた。景色は何も変わっていない。ただこの部屋にいる全員の体から不調や傷痕、全てが消え失せていただけだった。
王にもそれがわかった。自分の長年患っていた腰痛とめまいが一瞬の光で全て消え去ったのだから。
その他の全員も自分の体の変化に気づき、興奮して思い思いの感想を述べ始めていた。ベッドで横になっていた者たちも、起き上がって自分の体を見下ろしている。
「何だこれは」
「体が軽い」
「さっきの光が?」
「あり得ない……」
国王がその様子全てを眺めてから、その感想を述べた。
「これはまた、恐ろしいほどの能力だな……」
王の言葉でハッとして室内はまた静かになった。
全員の視線がリーアに突き刺さる。
「やりましたけど、他に何かあります?」
不遜なリーアの言葉に、後ろで両親があわあわと慌てたのが聞こえたが、リーアは無視した。大人達が勝手に盛り上がるのを見て拗ねていたのだ。
「なるほど、……これは、うむ。見せてくれてありがとうお嬢さん」
国王は戸惑いながら微笑んだ。
「今日は移動で疲れただろう。家族で使えるように部屋を用意してあるから休むといい。そこにいる執事に君たちのことは任せてある、充分もてなして貰ってくれ」
その言葉にリーアと両親は感謝のお辞儀をし、執事に促されて部屋を出た。
家族が出ていくと、大広間はワッと騒がしくなった。
「なんだあの能力は」
「一人一人見なくても治せるだと」
「何が起きたのか全くわからなかった」
「私たち全員の体が良くなったのか?」
「信じられん」
「たまげたよ」
しばらく研究者達によって、その夢のような能力について考察が続いたがそれも下火になると、だんだんと室内が静まり返った。彼女の力が規格外すぎて、大きな問題があるのだ。
「さて、彼女をどうするべきだろうな」
王がぼんやりと呟いた。
「どこの国でも欲しがるぞ。長寿は権力者の夢だ。彼女がいればいつまでも生きられるかもしれない」
「もしくは軍事利用にも……兵が減らなければ、いくらだって攻め続けられる」
「しかし、雇うのか? あれほどの能力を。一体いくら払えばいいのか。取り合いになるぞ」
「確かに……」
「拐えばいいと犯罪に走るものが現れる。他国があの能力を使って兵で攻めてきたら……」
「恐ろしい……」
「……」
「できる限り隠しておきたいものだ。あのまま田舎にいれば、誰にも気づかれなかったものを……」
最後に誰かが呟いた。室内がまた静寂に包まれる。
ケインは直後から自分に向けられた微妙な視線を無視した。
「私たちが気付いたのですから、そのうち他の者も気づいたでしょう」
トーマスがケインをフォローした。
「……君達が言うならそうなんだろう……」
「とにかく、見つけてしまったものは仕方ない。彼女が悪用されないように守る必要がある。できるだけ目立たないようにさせて、それから彼女を守る何かが必要だ」
「その様な専門の隊を組むのは経済的ではないと思いますが」
ケインが口を挟むと、誰のせいだと言うような目線が向けられる。
「では何かいい案でもあるのかね、君は」
ケインは少し思案し、口を開く。
「彼女は女性です。一般的に、女は夫に守ってもらうべきです」
ケインは当たり前のことだと口に出した。誰もがその的外れな言葉にポカンとする。
「彼女は未婚だろう? そう報告書に書いてあったな?」
王が隣に確認する。聞かれた者は頷いた。
ケインは何を皆して戸惑っているのかという顔をして口を開いた。
「王命で誰かと結婚させればよろしいかと」
その言葉に全員が白い目を向けた。一体どんな男がそんな厄介ごとを背負いこむんだ。それも一介の女のために。どれだけ金がかかるかわかっているのだろうか?
皆、絶対にやりたくないと即座に思った。彼女と結婚するということは、護衛を軍隊分ほども個人の金庫から雇い、一日中警戒し、もし拐われて他国に軍事利用でもされようものなら、その戦争の責任が全て自分の肩に伸し掛かるということになるのだ。
そんな責任は一国民の肩には重すぎる。
どうやらこの騎士団長は脳まで筋肉でできているらしい。その事を全員が理解したところで、王だけはケインの言葉になるほど、と頷いた。
その場にいた独身の者達は、ゾッと背筋を凍らせた。無責任な男の発案に、この国の最高権力者が頷く気でいる。確かに王からすれば、誰かにあの女を預けてしまった方が楽だし、国庫を守れる。都合のいい提案かもしれない。
だがそれは、その夫となる人物が彼女を守り切れた場合だけの話だ。
誰も口に出して反対できないまま数秒が過ぎる。
「……」
「……」
「……」
「確かに、それも一理ある……」
王のつぶやきに室内が静まり返る。今生唾を飲んだら、全員からの注目を浴びることになるだろう。だから誰もが息を殺して次の言葉を待った。
「ではケイン、頼むぞ」
この瞬間、緊張していた面々は全員救われたが、ケインは戸惑った顔をした。
「は? 私にあの女の夫を探せと言うのですか?」
「ハッハッハ、とぼけるなケイン。お前が彼女と結婚するんだ」




