裏切り者!
2週間後。
「この裏切り者! あなたなんて助けるんじゃなかったわ!」
リーアは三十人の騎士を救った二週間後、王城から差し向けられた鍵付きの馬車に乗せられて城に運ばれていた。鉄格子のついた窓の外にはあの時に助けたケインが愛馬トリスタンに跨って馬車と並走している。
あの後、森での調査を終えた騎士団一行は、城に戻って森の状況とリーアについて報告していた。森は結局あの後何も起こらず、騎士団を襲った群れも帰ってこなかった。影も形もなく、おかしな事に魔物の生息している気配さえ見つからない。不思議ではあったが、十年以上目撃報告があがっていない事とは符号する。従って森に入ってすぐに群れに襲われたのは、偶然だったと書類上処理された。
そしてリーアのことを報告すると、大変な騒ぎになった。そんな人材がいるならすぐに王城に寄越せという話になり、回復魔法士を安全に移動させる為にと、特別な馬車まで手配された。
それがこの馬車だ。
ドアには鍵がかかり、窓には鉄格子、天井は破られないように鉄板が入れてある。そして見た目の豪華さは全くなく、まさに護送車だ。
その中に今はリーアとその両親である子爵夫妻が入れられていた。
「これじゃ犯罪者じゃないっ! 私はただ貴方達を助けただけなのに!」
リーアが窓の鉄格子を掴んで喚く。馬で並走するケインは顔も見ずに答えた。
「君が城に行くのは国民としての義務だ。君は国王に召喚されている」
「この卑劣漢! 最低!」
二人は睨み合っていて、領地を出ていくらも経っていないが、すでに雰囲気は最悪だった。
実際、リーアが怒るのも仕方のないことで、ケインは彼女を馬車に乗せる際に「中で静かにしていろ」と言い放ったのだ。リーアが逮捕され、連行されていると思っても仕方がない。
「まあまあ、お二人とも」
リーアとは初対面の副団長トーマスが馬車とケインの間に馬を割り込ませた。これ以上ケインにリーアを激昂させ続けてもいいことはない。騎士団にとっては彼女は命の恩人なのだ。
トーマスは愛想のいい顔を作ってリーアに話しかけた。
「うちの団長がすいませんね。でもこれは護送車ではありますが、安全性は抜群なんですよ。別にあなたを捕まえる意図はないんです。城に着くまでの間、お父さんお母さんと、出来るだけくつろいで過ごしていただきたいと思っているんです」
「嘘よ、そこの団長さんはそんなふうに思ってないわ。私が出来るだけ苦しめばいいと思ってるのよ!」
リーアの剣幕にトーマスが苦笑する。ケインはそう罵られたところで全く気にしていない。
「私を城に連れて行って、魔法を国に報告していなかった罰を与える気なんでしょう? 私そんなルール知らなかったのよ! 仕方ないじゃない!」
この国には、魔法登録制度というものがある。
魔法を使う能力がある者は、それがわかった瞬間から国に登録する義務が発生するのだ。手順は簡単で、書類を提出し、その後派遣された係員に能力を証明するだけだ。
そうするとリストに乗り、国からのスカウトなどに利用される。
登録の義務を怠った場合は相応の罰が与えられるが、基本的には口頭注意か罰金程度だ。
だが悪ければ裁判が行われ、そこで刑が確定する。
リーアの場合は、隠したと言っても回復魔法であり、人を助ける能力で、遅くなっても登録されれば喜ばれる種類のものだ。軽く注意されるくらいがせいぜいだろう。
だから誰も心配していなかったのだが、リーアはひどく心配になっていた。
リーアがその制度を知ったのは今日が初めてで、田舎でのどかに過ごしてきた彼女の耳にはケインの告げた説明の中に散らばった“罰金”、“裁判”、“刑”という単語はひどく重く響いた。
「私、悪意があってそうしたわけじゃ無いのよ。それに……両親は私の能力をよく知らなかったの。ねえ、魔法がちょっとしか使え無かったら報告義務はないでしょう?」
「君の力はちょっととは言い難いように思うんだけど?」
「でもちっとも疲れないのよ。本当に!」
リーアは必要以上に慌てて付け足した。
ケインがトーマスの向こうから声をかけた。
「なぜそんなに慌てる? 何か隠しているのか?」
「何も隠してないわよ!」
リーアはトーマスを避けてまでケインを睨んだので、トーマスは馬を後ろへ下げた。
「……君は勘違いしているようだから説明する。回復魔法は現在、一日で五人治せれば騎士団では有り難がられる。そのくらいの能力の者しかいないからだ」
「へーそうなの……」
「そんなものだと思っていた。古い資料の中で伝説的な回復魔法士が一日で百人治したと読んだ時は、盛りすぎではないかと皆笑う。しかし君が隊を助けた時、三十人を救った上、同数の馬も救った。そうすると六十。そして君は別れた後、自分の足でスタスタと家に帰った。普通は魔法を使うと疲れるものだ」
「それが何?」
ケイン自身も魔法を使えた。しかも魔力量は莫大な方だ。騎士団の中では随一で、だからこそ団長をやっている。そんな彼にとっても魔法とはひどく疲れるもので、出来ることなら剣だけで戦いたいと思うのは普通のことだった。
「それだけのものを“ちょっと”とは言わない」
静かに告げるとリーアは黙った。
「ごめんなさい……」
リーアの落ち込みを感じ取り、一時馬を下げていたトーマスがまた二人の間に戻ってきた。
「本当にご両親に隠していたんですか?」
「……家の中では皆大怪我なんてしないもの……使う機会がなかったから」
トーマスは笑った。
「なるほど、運が良かったんですね。私と私の弟は階段の手すりを滑り降りて子供の頃腕と足の骨を折りましたよ」
「やんちゃ過ぎるのね」
リーアはなんとか笑った。
「言い訳できませんね。今は兄弟揃って騎士団ですから」
「でもうちは違うのよ。だから、その、両親に罪はないの。……私が悪いのはわかったから、二人には罰は与えないで……」
リーアが落ち込んで下を向いてしまったのを見て、トーマスは元気付けようと口を開いたが、ケインはトーマスよりも早く答えた。
「それは王が決めることだ」
嫌な沈黙が広がった。
トーマスはケインに呆れた視線を向けた。
隊の後ろの方からは隊員の「全く、団長は女の扱い方が本当にうまいな」という皮肉が聞こえた。