質問攻め
二人は馬のトリスタンを従えて森を歩いた。彼の部下を助けに行くためだ。
鬱蒼とした森の奥に進みながら、男が話しかけてくる。
「君は何者だ。ここには魔物がいるのに、一人で歩き回るなど、危険すぎる。どうしてこんなところにいるんだ?」
「ここには危ない魔物なんかいないわ。ずっと見ていないもの。だから森へ入るのはおかしなことじゃないわ」
「だが出た、この怪我がその証拠だ。大きな群れに襲われ、隊は全滅した」
騎士は自分のボロボロになった服を示した。
リーアはイラッとした。これから彼の仲間を助けに行こうってのに、なんでこんなにガミガミ言われなきゃならないの?
「全滅、ね。じゃあ他の騎士たちは死んでるの? 私は死んでる人は治せないってさっき言ったわよね?」
「……だが死んでないかもしれない」
「そうよ! みんな生きてるわ。殺さないでって頼んでるもの。この辺の魔物は不審者を驚かすことしかしないわ」
うるさそうにリーアが睨みつけると、男は怪訝な顔をした。
「どういう意味だ? 馬鹿らしい。君が頼んだら魔物がいうことを聞くとでも? お姫様願望が強すぎるな、これだから田舎者は……それとも君の魔法でそんなことが出来るのか?」
「……そうじゃないけど」
リーアは馬鹿にされ鼻白んだ。
「あなたって嫌な人ね……!」
「よく言われるよ」
この男は絶対女にモテないだろうなとリーアは思った。だが顔は整っていた。口をつぐんだかわりに男の容姿を観察する。男らしい引き締まった体型。背は高く威圧感がある。顔は厳ついが整っている。まだ18歳のリーアから見るとおじさんに近い年齢に見えるが、一体何歳かはわからなかった。
「あなた何歳なの?」
「いきなり歳か。失礼だな。30だ」
「30! おじさんだわ」
「君はいくつだ」
「18よ」
「18にしてはマナーがないな」
「こんな森の中でマナーが必要だってこと? ここはパーティー会場じゃないのよ。バカらしい」
ふんと鼻で笑って一度は黙る。だがリーアは誰かといて長いこと黙っているのはどうもむずむずする質だ。
「それで、貴方は誰なの? なぜここにいるの?」
「俺はケインだ、騎士団に所属している」
「ケインね。で、騎士団って何なの?」
尋ねられてケインは驚いた。
「田舎だとはいえ、この魔物のいる国にいて騎士団の存在を知らない者が存在しているとは驚くな」
「どういう意味? 馬鹿にしてるの?」
イライラしながら尋ねるが、ケインは「なるほど」と一人呟いている。
「こんな成人に近い娘が騎士団の存在を知らないとなると、もしかしてこの地に住む者達は“魔物を目撃したら騎士団に報告しなければならない”という常識的な事も知らないのか? だとしたら十年以上、報告が入っていないことも頷けるな」
「知ってるわよそのくらい! ただ騎士団ってものが何をするところか知らないだけで……」
ケインは頷いた。このものを知らない娘に常識を教えてやらねばと言わんばかりの真面目な顔をする。リーアはその表情だけでうんざりした。
「騎士団とは国を魔物の侵略から守るために結成されている隊だ。魔法と剣で国を守っている。わかるか?」
「……そう、魔物を殺す団体ってこと?」
「いや、そうとは限らない。魔物はあまりに強大だ。俺たちは研究所と組んで生態調査もしている。だからいろいろな方法を知っている。戦わず済めば人里から離れさせて終了だ。わざわざこちらから仕掛けたりもしない。魔物と戦える人間は希少なんだ。減らしたくない。だから騎士団は魔物と人間の境界が近づきすぎないように管理しているというのが実態だ」
「そうなのね、よかった」
リーアはその説明を真剣な顔で聞いた後、ほっとした顔をした。その反応にケインは驚いたようで、少し表情が変わった。
「……普通は『逃すな殺せ』という者の方が多いのだがな」
「そうなの?」
ケインが頷くとリーアが不快な顔をした。
「あんなに可愛いのに」
「君は絵本でしか魔物を見たことがないのか? 本当に魔物を見たことがないのなら危機感が薄いのも仕方ない。ここは本当に魔物が少ないのだな。……ということは自分達が遭遇した群れは、本当に偶然行き合ったことになる。だとすると、しばらくこの森は監視対象にすべきかもしれない」
ケインは声に出して考えをまとめ、一人納得した。
「次は君も俺の質問にも答えてくれ。名前はなんという」
「リーア・アスバードよ。アスバード子爵が父なの」
ケインは眉を片方上げた。
「ということは、ここの土地は君の父親のものか。ここには何しに来た」
「ハーブを取りに、散歩よ」
「娘が手ずから? 君の家にはメイドはいないのか」
「メイドがいないわけではないわ、でも貧乏なことは確かね」
リーアは特に気にせずそれを口にした。
ケインはしげしげとリーアを眺める。
「君は確かに貧乏くさい格好をしているな。その地味なドレスは生地が毛羽立って手触りがひどく悪そうだし、髪はもっと櫛を入れた方がいい。都会でこんな娘を見かけるのは裏通りだけだ。だが顔は悪くないし、目は美しい金の散った焦茶色だ。この素材なら磨けば光るだろうに。もったいないな」
「あなたずっと失礼なんだけど。絶対女にモテないでしょうね」
ケインは黙ってリーアの体を眺めた。しっかりと成長している胸と、くびれた腰をジロジロ見られてリーアは気まずかった。
「……本当に勿体無い。田舎とは難儀なものだな」
無意識のつぶやきに、リーアが警告の目で睨みつける。ケインは気づいて咳払いをすると、さっきも聞いた話を繰り返した。
「この森にはここ十年以上、魔物の目撃証言は一切上がっていないのだが、実際には人里近くに魔物がいた。何か最近変わったことは?」
リーアはため息をついた。
「無いわ……たぶん。なんで聞くの?」
「ただの確認だ。ここは調査の必要がある」
「本当かしら?」
疑わしげに見つめると、ケインはそのことを二人で話し合うつもりはないとばかりに話題を変えた。
「じゃあ他のことを聞こう。君は何者だ? 何故あんな能力を持っている?」
「それを本人に聞くなんてバカみたいね」
「どういう意味だ?」
「生まれた時から持ってるものの理由なんか知らないって意味」
「……親から受け継いだとか、一族の血筋とか、そういうものはないのか?」
「ないわよ、うちはそんなに立派な家でもないし……もういいわ。あんまり話しかけないで」
「……何故だ。突然どうした。やましい事でもあるのか」
「乳母が、“知らない男に自分のことを色々質問されたら股間を蹴って走って逃げろ”と言っていたのを思い出したのよ」
ケインは鼻で笑った。
「野蛮だな」
二人はそれからすぐに倒れている騎士を見つけた。
しばらくかかって、三十人の負傷した騎士全員と、同数の馬を助けると、リーアは感謝されながら解放された。
騎士達はもう少し調査をしてから帰ることになるという。
そしてリーアの能力は報告の義務があるとして、この騎士団の団長であるケインによって国に報告された。