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夜中の捕物劇


 喧嘩した妻がタウンハウスを借りて別居してしまった。


 ケインは夕方、リーアの仮の住所であるタウンハウスの前にいた。

 ノッカーを鳴らし、誰かが扉を開けてくれるのを待つ。

 ひどく気まずい気分だった。

 騎士団の仲間には「それ見たことか」と罵倒され、「頭を下げて帰ってきてもらえ」と蹴り出された。

 ケインは今日は騎士寮に泊まることにしていた。妻のいない、しかも妻に出て行かれたことで使用人に冷たく当たられる屋敷に戻るのはそろそろ限界だった。今のケインに優しく接してくれるのは愛馬のトリスタンくらいのものだ。ケインはいざとなったら厩舎の藁の上に寝ることも考えていた。


 いくら待っても反応のないタウンハウスのノッカーをもう一度鳴らす。

 しばらくしてやっとリーアのメイドがドアを開けてくれた。


「まあっ旦那様! いらっしゃったんですか!」

「俺の妻はいるか」

「ええっとぉ今はぁ……」

 

 メイドが居心地が悪そうに奥を振り返ると、リーアが焦った様子で出てきた。暗い色のドレスの上に不似合いなガウンを羽織っていた。


「あら、いらっしゃったのね、ケイン」

「ああ、……仕方なくな」

「でもお招きしておりませんけど、私忙しいの。都会は色々物があって楽しいんだもの」

「遊び回っているということか」

「侯爵夫人として、それほど行きすぎた行動はしていませんけれど?」


 二人は睨み合った。

 実際、リーアがどこかで遊び回っているなどという話は聞いていない。今日がそのはじめの一歩かもしれないが。

 ケインは妻の体を上から下まで見た。

 これから夜遊びしに行こうとする女にしては地味な装いだ。地味すぎるくらいに。ガウンの中のドレスは喪服のように黒い。


「君は侯爵夫人だ」

「ええ」

「夜には夜の仕事が待っているはずだが」


 ケインは結婚して幾らも経っていないというのに、すでに夜隣にリーアがいることに慣れてしまっていた。

 同じベッドに彼女がいない朝がひどく寂しい。たった数日でそれを思い知った。

 だからその寂しさを正直に告げたつもりだった。

 しかしリーアの目は冷たく細められただけだった。


「月のものが来ておりますので」


 扉はケインの鼻先で、勢いよく閉じられた。


+


「だから、奥さんは卵が欲しいんでしょー。引退した騎士でも雇って、卵を見張らせればいいんじゃないの」


 騎士団の寮に帰ると、まだ独身で寮の主とも言える副団長のトーマスが話しかけてきた。

 ケインは憂鬱で顔を上げる気にもならない。


「だが危険すぎる」

「まぁねぇ。卵が孵化して何が出てくるかわかんないわけだしね。危険なことわかってたんだ。もしかして今頃孵化して騎士舎半壊にしてるかもね」

「……だったら知らせが入るはずだ」

「はいはい」


 トーマスは呆れた声を出した。


「……大体なぜそんなに魔物の卵が欲しいんだ? そんなに育児がしたければ俺の子供を育てれば良いものを」

「んふっ……まぁそうなんだけど。……さっさと授けてあげなよ」


 トーマスは笑うのを我慢した。

 しかしケインは無視した。


「……子を授けるためにも、屋敷に帰らせなければならない」

「だからさ、卵持って帰ってあげなよ侯爵殿。金はあんでしょ。奥さんも稼ぐ気満々だし」

「どうしたら機嫌を直すのか……」

「この前聞いて回ってたプレゼント作戦はどう?」

「どいつもこいつもろくなアイデアを持っていない」


 ケインは自分のことを棚に上げて言い放つと、酒でも飲みに行けとトーマスに蹴り出され、仕方なく騎士寮を出た。

 一度騎士舎まで行って、卵を確認してから街に出る気だった。夜はふけてやけに暗い。

 空を見上げると細長い月しか出ていなかった。明日は新月のようだ。


 歩いていると、物音が聞こえた。騎士舎のそばの暗がりに人の気配がする。目を凝らすと、人影がうっすら浮かんだ。

 盗人か?

 ケインは静かに忍び寄り、こちらに気づいていない相手を押さえ込んだ。こんな夜中にコソコソしている不審者に手加減するつもりはなかった。


「キャッ」


 なんてことだ! 女!

 ケインの手は柔らかい胸の肉にあたり、パッと手を離した。

 妻以外の女にベタベタ触るわけにはいかない!

 慌ててポケットから携帯の灯りを取り出し、女の顔を照らす。

 光に照らされ、迷惑そうに目を瞑ったのは妻だった。


「リーア! ここで何をしている」


 驚いて肩を掴む。リーアは逃げようとはしなかった。むしろ1ミリも動きたくないかのように体を固めている。

 妻に早速会えたのは嬉しいが、どうにも違和感があった。

 だが、もしかしたらさっきの事を謝りに来たのかもしれない。


「……俺を探しにきたのか?」

「え? ……ええ。そうなの。ええと、その、あなたがタウンハウスに来たときの……態度を謝りたくて」

「こんな暗い中、一人でか? 嬉しいが……正気じゃない。君はか弱い女だし、夜道は危険だ。どんなならず者がいるか……それに君は狙われる可能性があると伝えていたはずだが」


 リーアの殊勝な態度にケインは胸を打たれた。感じていた違和感は一気に霧散し、温かいものが胸を打つ。


「大丈夫よ、まだ誰かに見張られているような感じはないから」

「君にそれがわかるとは思えないな」


 やさしい気持ちで声を低くして言うと、イラついたのかリーアはケインの手を振り払おうと身じろぎした。

 するとスカートの中で何かの音がした。


「……おい、何を隠してる?」

「え? ……何も持ってないわよ」


 リーアは明らかに動揺し出した。

 ケインは疑いの気持ちが戻り、怪しんでリーアの肩を両手でしっかりと掴んだ。


「嘘つけ、スカートがバカに広がっている」

「そういうドレスなのこれは」

「なぜ嘘をつく、俺に見られたら困るものでもあるのか?」

「だったら何よ。何を想像してるのよ」

「浮気相手でもそのスカートの中に隠しているのか」

「はぁ!? 何言って」

「見せろっ」


 ケインはスカートに手を伸ばした。


「ちょっとやめて、やめなさいっ!?」


 リーアの股の間からゴロンと卵が転がった。

 ケインは一瞬頭が真っ白になった。

 リーアの股の間から、卵が……


「……今、生まれたのか……」

「このバカ男!! 人間が卵を産むわけないでしょう!!」


 リーアはケインの頬を思い切り張り飛ばした。

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