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お父様、お母様、私お嫁に行きます。


「お父様、お母様、私お嫁に行きます」


 リーアは涙ぐんだ両親の頬にキスをし、踵を返した。目の前には教会の通路があり、その先の祭壇の前は、これから結婚する相手が立っている。彼は厳つい顔でこちらの様子を見張っている。参列者は王国の騎士ばかりだ。その視線に見守られながら静々とした足取りで彼の横に並び立つと、一つ息を吐く。

 緊張は最高潮に達している。

 そんなリーアに目も向けず、結婚相手がつぶやいた。


「御涙頂戴の茶番だな」


 その瞬間、リーアの我慢が限界に達した。同時に「教会の中でくらい花嫁らしく振る舞ってくれ」という両親の願いも消え去る。

 手がぶるぶる震えだし、リーアは手に握りしめていたブーケを花婿の顔に投げつけて大声をはった。


「教会で花嫁に言う第一声がそれ? 貴方には礼儀というものがないの!? どういうつもりなわけ? これが茶番だと言うならそれに付き合っているのは私の方だわ!」


 言い放つがそれだけでは気が済まず、男の頬を手のひらで思いっきり引っ叩く。

 あまりのことに教会はシンと静まり返った。それからいつくかの咳払いが聞こえる。

 リーアは、怒りと興奮で上がった呼吸を一息で整え、列席者を振り返った。


「皆様、この式は御涙頂戴の茶番だそうですわ。みんな解散いたしません? さあ立って!」


 パンパンと急かすように掌を打つが、誰も反応しなかった。皆気まずそうに座っている。

 反応しようとしない列席者にますます腹を立てたリーアは、足元に落ちていたブーケを思いっきり踏み潰して乱暴に一歩踏み出した。

 しかしすぐに花婿に腕を掴まれた。

 やっと頬を貼られたショックから立ち直ったようだ。


「くそっ、貴様、式の最中になんてことをするっ……!」


 睨みつけられ、リーアも同じ視線を送る。


「先に失礼な事をしたのは貴方ではなくて? どんな偉い方か知りませんけどね、私にそんな口をきいておいて、素直に結婚できると思ったら大間違いですからね!」

 二人は頑固に睨み合う。花婿はリーアの二の腕を強く引くと元いた場所に戻らせた。指が食い込んで腕が痛む。「やめてよ!」リーアは暴れた。


「黙れ、式はこのまま続ける! 司祭、さっさと続けろ!」

「はあ!? ふざけないで! 離しなさいよ、この暴力男! 私は貴方なんかと、絶対結婚しなーー」


 リーアは再び腕を引かれて、強引に体を花婿の方に向けられた。反射的に殴ろうと振り上げた手も難なく掴み取られる。

 相手の意図に気づく間も無く口を塞がれ、それが男の唇だと気づいた途端、リーアの目が驚愕に見開かれた。

 今度は悲鳴を上げようと口を開くと舌をねじ込まれる。口の中で肉厚の舌がリーアの舌を絡めとる。一瞬思考力が体から乖離そうになり、慌てたリーアは花婿の舌に思いっきり噛みついた。

 花婿は唸ってリーアを手放した。痛みに顔を顰めて口を押さえるその姿だけでは怒りがおさまらず、硬い靴底で向こう脛を蹴りつけた。

 しかしどうやら舌の方が重症らしい。リーアの口の中にも血の味が残っていた。その味を追い出したくて床に唾を吐いてから、後退りする。

 気づいた花婿が手を伸ばすが、何とかその手からは逃れた。


「くそっこの、待てっ」

「この変態! 冷血漢!」

「トーマス! この女を押さえていろ!」


 その命令が飛んだ瞬間、一番近くに座っていた騎士が素早く立ち上がってリーアを羽交締めにした。足が浮き、そのまま運ばれて祭壇の前に戻される。


「やめなさい! 体を押し付けないでっ!」

「すまないね、お嬢さん。団長の命令は断れないんだ。少しの間だけこのまま我慢してね」


 リーアは暴れたが、今度こそどうにもなりそうに無かった。騎士はそのままリーアを爪先立ちにしていて、渾身の力で足をバタつかせてもスカートのヒダを跳ね上げることしかできない。これでリーアは確実に逃げられなくなってしまった。

 騎士に抱えられたまま横に花婿が戻り、乱れた衣服を整えて姿勢を正す。


「司祭、続けろ」

「司祭様、続ける必要はありません!」


 呼びかけられた司祭は目をひん剥いて花婿、花嫁と、花嫁を抱えた騎士を順に見た。こんな状態で式を続ける気かと驚愕している。この教会に赴任してまだ日が浅い司祭にとって、こんな結婚式は前代未聞だった。


「聞いているのか司祭!」

「はいっ!」

「面倒な手順は飛ばして、一番大事な部分だけでいい。早く始めろ」

「しなくていいって言ってるでしょ!」

「はいっ! えー、では……えーっと、誓いの言葉から?」


 司祭は返事を待ったが、誰からも返事は返ってこなかった。仕方なくそのまま進める。


「……あなたは妻を愛し、守ることを誓いますか?」


 司祭はこれでいいかと言うような、伺う目を向けた。花婿は冷静な声で返す。


「誓います」

「嘘つきっ! こんなの絶対嘘よ!」

「……続けて」

 花婿はリーアを無視するよう司祭を促す。司祭は頷いた。


「あなたは夫を愛し、守ることを誓いますか?」

「誰が誓うもんですか! いいから私を助けなさいよ! あんたそれでも男なの!?」

「……続けてくれ」

「で、では……指輪の交換を」


 司祭が二つの指輪を乗せたお盆を差し出した。

 花婿がリーアの手を掴んで指輪を手にした瞬間、またリーアが暴れた。

「触らないでっ!」


 リーアの一刀でお盆がひっくり返り、指輪は教会の床に転がって消えた。


「……」

「……あーあ」

 リーアを羽交い締めする騎士が思わず声を漏らす。花婿は指輪をはめるのを諦めて司祭に向き直った。


「……次は?」

「あ……誓いのキスを」

「それはさっき済んだな。では証明書を出してくれ」

「……はい。こちらです」

 司祭はもはや花婿のしもべだった。

 花婿は差し出された用紙に自分の名前だけでなく、リーアの名前も勝手に書き込んで司祭に戻した。それから参列者に向き直ると、堂々とした声を教会に響かせた。


「さあ儀式は終わった。みんなここから出ろ」


 上官の命令に従い、勢いよく全員が立ち上がった。そしてよく訓練された騎士らしく、教会から退場していく。


 最後にリーアの両親が出て行き、司祭もいなくなった。

 リーアを羽交締めしていた騎士がやっと彼女を解放し、前に回って満面の笑みでお辞儀した。


「無事結婚おめでとうございます騎士団長。並びに新侯爵夫人」


 リーアは怒りに身を震わせた。


「なんなのよーっ! こんなの絶対無効よっ!!」


 叫び声が迸った瞬間、教会の外から大量の笑い声が爆発した。

 式の最中、ずっと躾よく我慢していた騎士達全員の我慢が限界を超えたのだった。


どうぞよろしくお願いします。

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