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狸が持つ瓢箪と軽く詰んでる二人

ニューシャンハイなどの、この世界にいくつかある『都市』はアーコロジーに近い閉鎖立体構造を持つ。

数多くの建造物を内包した大型建造物があり、それを覆う外壁がある。

外壁も、複雑な多層構造だ。

都市の外の環境の多くが砂漠であり、その環境から分離して危険な気候現象や猛毒を含む砂塵から都市を防護するための構造も併せ持つ。

砂一粒入らないとは言えないが、外界から隔離された人工環境はタゲフ・ヴァクト(赤嵐)カトクブ・ヴァクト(鉄嵐)などの比較的多発する自然からの攻撃に対して有効なのだ。


「なのに、なぜかテクノロジーレベルがちぐはぐなんだよな」

秀治は主要路を歩きながら、三輪軽機動車が横を通り過ぎるのを見送る。

「前にもそんな話をしていたな。無線がどうとか動力がどうとか」

健治は紙巻煙草を路上の捨て、足で踏み消す。

「銃や防具、社会システムもな。いちいち計画したかのように繋がりが無い感じがする。生産物は機械が作ってて、人間が作ってるのを見たことが無い。ボタン1押しで銃弾がぞろぞろ出てくるが、銃弾自体を人は作ってない。作れないのかもしれない。まるで見知らぬ上位者に完全管理されてるような……」

「それ、ゲームシステムみたいな感じだな。クラフトシステムが無いRPGみたいな」

「だな。これだって人の手が関わってるブツじゃない。サプライチェーン以前の問題で、何がどうなってこれが作られるのか誰にも分からないみたいだ」と秀治は空になった紙巻煙草のパックを握り潰す。

「使い方は分かるが、作り方が分からない、か。恣意的な構造だな」と健治。

「多分、作ろうとしたやつはいるんだろう。だが、手作りよりも容易に同様のブツがボタン1押し0.5秒で手に入る。『手作りに価値が発生しない』わけだ。作り続けるやつは餓死するな」

「それがチケット経済ってことだわな」


そこで二人は口を閉じる。

はっとしたわけでも無く、何かが閃いたわけでもない。

目の前にクサム灯でライトアップされた『梅の文字が彫られた瓢箪を抱える巨大な狸の像の看板』がある。

会話が途切れたのは、目的の店に到着したからだった。


***


梅屋はサードエリアとはいえ、中心街にある。中心街とは、都市構造的にはセントラル・シャフトを構成する最も頑丈な区域である。

それが何を意味するか。単純に、銃撃戦が当たり前のこのエリアに於いて獲得競争が激しい場所ということだ。

つまり、この店の主も一筋縄ではいかないバケモノということを意味する。


二人がスクラップ材を寄せ集めたボロ小屋と言ってよい梅屋の店内に入ると、天井の一部が開き対チューンド(機装改造人間)ガンが据え付けてある警備銃台(ATSGH)が姿を現す。

しかしそれは一瞬で、すぐに天井に収納される。

あからさまに目立つ出方をしたので、この警備銃台は警告用である。

狭い店内には、天井や壁、床はもちろんのこと調度に偽装された『攻撃を開始するまでは全く作動の気配を発しない無殺気の致死性迎撃兵器(リーサルカウンター)』が大量にある。


「なんだい、あんたらかい」

店の奥の定位置に座る梅屋の婆さんことエリス婆が二人をちらっと見上げ「お迎えが来たかと思ったよ」と続けた。


「んだよそりゃ……」100万年後もピンピンしてそうじゃねーかというツッコミは前に出た健治に遮られる。

「なんでもいい、葉巻だ。チケットは無い。ツケで」

秀治が呆れ顔で呟き、健治は足早に婆さんに近づきながらやや早口で言う。

「あ、俺も紙巻。できたらダラーズ・ヘビー。同じくツケで」

とゆっくりと歩きながら健治に続く秀治。


「主要路でバカ騒ぎをして半年もご無沙汰してた婆さんに会うなり葉巻と煙草をチケットも無しに寄越せと言うのが、あんたらの礼儀なのかねぇ。全く最近の若い連中ときたら」

さらにぶつぶつ言うエリス婆。

二人は帳場机に到り、苦笑する。

エリス婆はルマン樹脂でパックされた葉巻3本とダラーズ・ヘビー2箱を二人に向けて放る。

健治は葉巻を、秀治はダラーズ・ヘビーをそれぞれキャッチし、それぞれ礼を言いながらそのまま包装を解く。

間髪入れず健治は葉巻を、そして秀治はゆっくりと紙巻を口にくわえる。

「チケットは無いけど、これを預けていくよ」と健治は腰ポケットからイクナフ()の小板を取り出して帳場机に置く。

「ケンちゃん……没収されなかったのか?」と秀治。

「いや。最後に拷問部屋の妙な機械から抜き取ったものだ」と健治。

「アシがつくことはぁ……無いか。何の部品かよくわからないけどよ」と小板をまじまじと見ながら秀治。

「多分、銘板にするつもりだったんだろう。完全には固定されてなかった」

「あ~。ああいうヤツはそれっぽいな」


「盛り上がってるようだけど、そいつは捨てちまいな」とエリス婆。

「そうなのか?」と健治。

「そんなもんでもアシがつくのか?」と秀治。


「違うよ。そんなものに『価値は無い』んだよ。キラキラ貴金属で喜ぶほど若くない婆には、尚更ね」

「イクナフもボタン1押しで出てくるのか?」と秀治。

「さぁてね。でも、イクナフを『チェンジャー』は受け取らないよ。じゃあ、誰がイクナフをチケットにしてくれるんだい?」

「どういうことだ? 資源流通の一切もチェンジャーが仕切ってるんだろ?」と珍しく驚く健治。

「あたしゃただの煙草屋の婆だよ? そんな小難しいことなんか知らないね」

「ま~そうだよな。すまねえ」と秀治。

「謝る」と健治。


「だから、さっさとそんな無価値なもんは捨てちまいな。葉巻と煙草はツケといてやるから」

「あぁ。そうする」とイクナフの小板を拾いながら健治。

「なんだよ。チェンジャーもケチくせえな」と秀治。無論、これは本心ではない。秀治の中では、思考回路が2割増しで稼動している。

「じゃ、俺ら行くわ」と秀治が言い、健治も一礼して二人は出る。

エリス婆は「騒ぎを起こすなら今度はもっと上手くやりな」と二人の背中に言って見送る。


***


ぶらぶらと二人は主要路に向かう小路を歩く。

「俺らこっちに来て最初は|ザルカスカ(鉱物資源)を探し回ってチェンジャーにぶっこんで地盤を作ったよな」と秀治。

「どこにでもある自販機みたいなチェンジャー端末に『求:ザルカスカ』ってでっかく表示されてたからな」と健治。

「あれを見たとき、ここはゲームの中の世界じゃね? とかちょっと思った」と苦笑する秀治。

「俺もだ」とこちらも苦笑する健治。

ひとしきり少し前を思い出して笑う二人。


「ところでよ。チケットはともかく、キャリアも没収されたよな? つーことは、寝床も無し」

「銃も無し。弾も無し。防具も無し。飯も無し」

「鬱になるからあるものを言おうぜ」と秀治。

「敵。葉巻と煙草のツケ。信用は、エリス婆のあの態度から多少あり。無いよりはマシ程度の服。再生されまくって何が仕込んであるかわからない体」

「改めて。失ったものが強調されるだけだな」とうんざりする秀治。

「あと、俺ら二人」と健治。

「そうだな。それが一番だ。それさえあれば、何やってでもなんとかできそうだ」と秀治。



「どうする? 秀治」

「ケンちゃんよぉ、んなこたぁ決まってるだろ。全ての元凶である敵に補填しもらう。つーか、賠償させる」

「だな」


二人は喫っていた葉巻と紙巻を汚い路上に捨て、足取りを確かにして敵のアジトに向かう。

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