あの日のサードエリア主要路と、今日を歩く二人
時は戻り、あの日の深夜のサードエリア主要路。
***
「なんとなくそんな気がしてたけどさ、俺たちをハメたのは『転生組』とか『勇者評議会』とか言う中二な連中だな」
秀治はジンキャスから持ち出した3本目のケミカルボトルを手に、呟く。
「大きい連中が俺たちみたいな底辺をハメる理由も必然も無いからな」
健治は二つの月を見上げながら言う。
「つまるところ、敵は底辺ぐらいしかハメられない連中ってことだ」
と秀治。
「わざわざハメるほど、底辺を恐れてる連中とも言える」
と健治。
時も何もかもが必ず流れ去る。容易に流れ去らないのは、人の思いだけである。
二人は日が沈み、ジンキャスに奴隷窟の売人が太った都市衛兵を連れてやって来て、商品を買っていった後、店を出た。
今後を話すには、歩きながらがいい。二人はそう思ったのだ。
「で、どうやる?」
秀治の言葉は、どうするでなくどうやるだった。やることは決定しているということだ。
「そういうのは、お前の得意分野だろ」
と健治。
「ケンちゃんと逝ったあの娘、いい感じだったじゃねぇか。つまり、優先権はケンちゃんってことだ」
秀治は真顔で言い、そのままケミカルを呷る。
「……そうか」
健治は主要路の喧騒から一瞬だけ視線を秀治に向け、すぐに元に戻す。
「モテモテだな、ケンちゃんは昔から。モテ男は色々やらなきゃならんことが増えて大変そうだ」
健治は秀治の手から飲みかけのケミカルボトルを奪い取り、立ち止まって一気に呷る。
秀治もしばし立ち止まり、健治のイッキを眺める。
1/3ほどを一気に飲み干した健治は、それでも全く酔えない事にイラつくようにしてボトルを秀治に返す。
秀治は受け取ったボトルを掲げ「やるべき事に」と言い、健治は黙って頷く。
男同士の軽口の裏に隠された痛みは、適度に危険な酒場で出される怪しい酒で忘れるに限る。
少なくとも、痛みの帳尻を合わせるまでは。
***
キッド班+1が襲い掛かってきたのは、この直後だった。
***
ヤるかヤらないか。
では無い。
ヤられる前にヤるか、ヤられるか。
でも無い。
男がなさねばならぬ事、だ。
この本質を理解している二人は、工部局都市衛兵本部内においても、出た後も選択を間違えなかった。
秀治も健治も、あの娘のイメージが流れ去り過去になるまでは、このまま走り続けるしか無いと分かっていた。
なぜ? と人問えば、その答えは。
『単に、男であり続けるために』
***
あっち側から穏健な形のアプローチがある事は二人の想定内だった。
伝説の1人である一撃のキッドを容易く始末した二人に今になって過激なアプローチを仕掛けるのは相当な度胸が必要だ。
そも、そんな度胸がある組織だったら都市衛兵本部内でとうに二人は始末されているはずである。
組織にとって、二人をこのまま野放しにして無かった事にはできない。
表立っての実力行使では、全て健治と秀治が完勝している。
対内的にも対外的にも何らかの手打ちが必要なのは、組織側であった。
そういうアプローチの前に、健治が半年ぶりの主要路を歩きながら言う。
「合成でも良い。紙巻じゃなく、葉巻が欲しい」
と。
「じゃ、婆さんのとこ行くか。ツケてくれそうだし」
と秀治が頷き、健治も同意する。
二人はサードエリア中心街の端にある、よろず・煙草『梅屋』に歩いて向かう。
その歩みは、二人ともそれぞれ別の理由で軽やかであった。