キッド自動車化騎兵班+1、深夜に出撃す。
漆黒の爪はBARラスボスが入っているビルの地下を専用のモータープールにしている。
クサム灯の白い光で照らされた地下に、駐車スペースから引き出された3台の軽機動車が整列している。
軽機動車とは、比較的軽い動力で動く、金属パイプと金網を組み合わせて構築した車台に金属板や金属パイプ、有刺金属線の組み合わせで作られた車体を載せたものの総称である。
見た目は、現代の高速攻撃車両に近い外観だ。
この世界では主に汎用車輌として使われている軽便な車輌である。
漆黒の爪が保有する軽機動車の多くは結成時の『紫安門事変』で手に入れたもので、チャイナーの運用思想で設計されている。
並べられた3台も、チャイナー製である。
「キッド!! 準備はまだかよ!」
ラインハルトは、抱えているガーレットP28を苛立たし気にゆすりながら叫ぶ。
「まだっすよ。急がせてるんで、もうちっとですよ」
とキッドはラインハルトの方を見もせずに部下に指示を出しながら応える。
キッドは漆黒の爪キッド班の班長であり、レンゴクの腹心と認識されている男だ。
紫安門事変の頃からの組員であり、最古参の1人である。
社内、または団内。または組内では『一撃のキッド』と呼ばれている。
漆黒の爪内では時と場合により、組織を会社と呼んだり、団と呼んだり、また組とも呼び分けていた。
好んで使う武器は、60口径弾の機関拳銃。
今も右肩に背負っている。
上部組織の幹部の実子だろうと、キッドに対して呼び捨ては行き過ぎている。
少なくとも、その場で見て聞いているキッドの部下はそう思っていた。
「準備なんていらねーだろ! 3台で奴らのキャリアにおしかけてぶっ放せばいいだけじゃねーか!」
とラインハルト。
「サードエリアでヤるわけにはいかんのですよ。だから社長も砂漠を指定したんすよ」
とキッド。
「なんでやっちゃいけないんだ? 都市衛兵なんて工部局に鼻薬かがせりゃ充分だろ?」
と意外そうに言うぼっちゃんラインハルト。
『ラインハルトさんは、市場と他の組織は眼中に無いんすか?』
と言いたい衝動を抑え、キッドは、
「社長の命令っすから」
と、表情を見られないためにラインハルトに背中を見せながら応える。
「面倒だなぁ。どうやってあいつらを砂漠に誘き出すのか知らねーけどよ」
そこに疑問を持てる分、ラインハルトは転生者の中ではまだマシなほうだ。
だが。
とキッドは部下たちの報告を受けながら考えつつ、手にしたチェックリストの最後にチェックを入れる。
失敗にも種類がある。
しちゃいけない失敗は、1度で強制退場なんだぜ。
虎子を得たいからと、虎の尻尾を踏むのはなんとやらだ。
勝算があろうと無かろうと関係ない。
一発アウトだ。
とキッドが心中でラインハルトに語りかけたのは、ラインハルトのチート能力が精神探知系では無いことを知っていたにしても、いささか感傷的と言える。
キッドはラインハルトの方に向き、
「ラインハルトさん、準備OKっすよ」
といつもの無表情で報告する。
「やっとか! よっしゃ! おめーら! 生意気なあいつらをキルしにいくぜ!!」
と気勢を上げて先頭役の軽機動車の上部銃塔席に乗り込むラインハルト。
だが、ラインハルトの言葉で意気が上がることは無い。
ここにいるのはキッド班のメンバーであり、ラインハルトの部下では無いのだ。
なので、どこ吹く風だ。
キッド班のメンバーはキッドの方に目を向け、黙ってキッドが頷いて応える。
するとキッド班全員がきびきびした動きで乗車。キッドは最後に3号車に乗車する。
乗車完了し最終チェックを全車が行う。
ニトロマン機関の始動。
ガリガリとエアズ結晶がコーヒーミルのようなもので砕かれてるような音が地下に響き、仄かに動力部周りが発光する。ラインハルトが何やら言っているが、キッドは意に介さない。
クサム灯ヘッドライトの確認点滅と、動力式懸架装置への動力伝達のチェック。その間、各車輌が少しだけ縦に揺れる。
搭載機銃の試射はできないので、キッドたちは最初からアテにしない。
全車が「問題無し」を無線でキッドに伝達すると、
「キッド班出撃」
とキッドは平坦な声をヘッドセットのマイクに吹き込み、すぐに全車のヘッドライトが点灯する。
先頭車から順に、適度な車間を空けて地上へと到る坂道をゆるゆると進み出す。
先頭車の中でラインハルトは興奮し、浮かれているようだった。
その様子を3号車の上部銃塔席で眺めながら、キッドは思う。
『さて、どうなるか』
と。