ラスボスにおける漆黒の爪とラインハルト
秀治と健治がジンキャスで過ごしていた頃、サードエリアにいくつかある歓楽街の1つ。
支夷奴十四号街の端にあるBAR『ラスボス』の店内。
そこでは『転生者』の集団である『転生組』の末端組織の1つ『漆黒の爪』の構成員で占められていた。
「俺が殺りますよ!!」
父親に買ってもらった大口径狙撃銃を腰だめに抱え持つ転生前本名『柚木初男』、現在自称『黒雷の使者ラインハルト』は目を血走らせて叫んだ。
その他の一同は白けていたが、これだけラインハルトが激高する理由はあるにはある。
「幼馴染のリオンがあいつらに殺られたんです! 俺に殺らせてくれますよね!!」
ラインハルトはテンションをどんどん上げていく。
「え? そういう設定だったの? 今時幼馴染ヒロインとか、ありふれ過ぎて重くね?」
と漆黒の爪社長の自称『闇の炎侯レンゴク』は素で返す。
「団長!!! ……いいですか? ラノベは基本が重要です。誰も意外性なんて求めてない。現実逃避のための消費物ならば、基本をどう料理するかがポイントなんです。だから俺が仇を討つ!! これは物語のポイント力なんです!」
とラインハルトは断じる。
「え? そうなの? でも転生転移者が恵んでもらうチート能力とかは意外性じゃね?」
とレンゴク。
「チート能力は特別性の分かりやすい表現のために作者が怠けて使うもので、物語の意外性と直接は無関係です。副産物としてはありえますけどね。それに頼りすぎて話までがチートパワーによる重力に負けては、本末転倒です。基本に忠実にいきましょう団長」
ラインハルトは暑苦しいなぁ。とレンゴクは思いながら、面倒になってきた。目的は決まってるのに「わけのわからないオタ講釈を聞かされる闇の炎の侯爵」という駄洒落を脳内で循環させながら、レンゴクは〆に入る。
「よし。アダムにキッドの班をつける。車両は軽機動車3台。装備は砂漠における対キャリア想定。あとは好きにやって良し」
部下がいないボッチのラインハルトに妥協する形で、レンゴクは出動を許可した。
と漆黒の爪の構成員は思うだろう。
実際は余計な事をして組織を危うくするラインハルトを自然な形で始末するための計画であり、その計画の実行を指令済のキッドの班をつけた。
最近顔が売れてきた輸送屋兼護衛兼傭兵、つまり『なんでも屋』の二人組。
彼らを大した理由も利益も無いのに始末するためにチャイナーやコリアドに安くないチケットを払って襲撃させ、失敗。
さらにコマした女たちを使ってジンキャスに行かせ探りを入れれば、これもバレて失敗。
これで、こちらの正体を察知された可能性が高い。
ああいう連中は『後先考えない癖に、戦えば強い』タイプだ。下手に手を出せば、こういうことになる。全く美味しくない事態だ。
だがラインハルトは勝手に組織のチケットを使い、勝手に実行した。
なぜそれが許容されるのか?
ラインハルトは上部組織から修行の名目で預かってる言わば格上の客分。
しかも上部組織の幹部の実子だ。
ラインハルトの勝手な振る舞いを止める事も成功させる事も既に同じリスクである。いずれにしてもレンゴクの組織管理能力に対する疑惑が上層部の『勇者評議会』で浮上し、それは確実にレンゴクの失点になる。
レンゴクは丸く収める現実的な方法が最早無いことを、BAR『ラスボス』における熟考の果てに確認した。
このままラインハルトを生かしておけば、何を父親に吹聴するか分かったものじゃない。今でも最悪に近いが、さらに最悪なファクターが増えるのはよろしくない。
だから砂漠で戦闘中に始末する。苦しいが、それしか方法が無いとレンゴクは考えた。
「そう。俺はパーフェクトだ」
と呟くレンゴク。
「団長!! パーフェクトって言うなら、あと2台軽機動車貸してくださいよ。俺のダチも呼ぶんで」
「ダメだ。そんなに出払ったら、明日からどうやって配達をやるんだよ」
ラインハルトはしぶしぶ引き下がる。しかし、この様子では父親に援助を求めそうだとレンゴクは感じた。
「それに。あんな二人組に過剰戦力で勝っても、主人公ぽくないだろ?」
レンゴクの精一杯の中二らしき言葉に、
「!! そうだ!! 俺が主人公なんですよね!!」
と、途端に上機嫌になるラインハルト。
内心溜息をつきながら、レンゴクは「そうだぞ。お前ならやれると俺が思ったのは、お前が主人公だからだ」と調子を合わせる。
店内は二人の笑い声で満たされ、構成員たちはキッドも含め、触らぬバカに祟り無しを実践していた。