主戦場はこちら
「やりやがったよ、くそっ」
秀治は悪態をつきながら、自身が跳び込んだ岩の陰で自分の環境保護服の背中をまさぐる。
窪地の上に位置するバロ班長が着てるBPARの一連射は、100発くらいだった。
そのうちの数発が、強烈な砂風と気温の寒暖差の壁を超えてこの遺跡内に飛び込んできたのだ。
秀治は匍匐姿勢で背中の損傷個所を確認している。
「見た目掠ってる、1層目が破れかけてるな」
健治は秀治とは少し離れた岩の陰で寝そべっている。
「つーってっと――」
秀治が言いかけたところ、空気を切り裂く鋭い飛翔音が降ってくる。再度、崖上から弾が数発飛び込んできた音だ。弾は、秀治の前の岩で跳ねて軽い金属音を響かせる。
「――野郎ぉ、やりたい放題撃ちまくりだな。10mmパルコ弾はたけーのによぉ」
悪態をつき、言いかけた言葉を変える秀治。
どうやら敵はあの位置でこちらの動きを止める気なのだと、秀治は思った。
「補修パッチを貼っておけば数時間は大丈夫だろう」
と健治。彼の手にはコミュニスト666拳銃。普通のやり方では、およそ400m先にある崖の上に位置するBPARに有効ではない。
「キャリアにあったな。やっとくわ。ケンちゃんは――」
と秀治が言いかけた時、再度WSDの10mmパルコ弾が数発岩で跳弾する。
「わかってる。秀治は補修パッチつけたら、作戦通りキャリアの銃座に上がってくれ」
と言い置いて、健治は匍匐姿勢で岩伝いに唯一の侵入口になる遺跡の解放部に向かう。
「――以心伝心ってやつか。相棒モノっぽくなってきたじゃん」
と秀治は健治を見送りながら短く笑う。
それから、秀治は匍匐姿勢のままキャリアにじりじりと向かった。
***
先行偵察班Bの班長はBPAR内で網膜投影されている光景に、自分の目を疑った。
「おいおい、なんで野戦キャリアをあんな狭い場所に侵入させてるんだ? うちの隊長はバカなのか?」
信じられないという風に、観測手に訊く。
「……いや、そんなことは無いと思いますが」
遮光望遠ゴーグルを覗きながら、接触通信で困ったように応じる観測手。
彼も困っている。この状況ではありえないと思ったからだ。
先行偵察班Bの役割は、戦端を開くことでこの位置での監視と牽制制圧射撃による援護、場合によっては狙撃となった。そのように走らせた伝令から伝わってるはずだ。なのに、ハンターAの指揮官は、それを台無しにするかのように標的とバロたちの間に巨体を侵入させてくる。
「ダメです、遺跡の解放部が野戦キャリアで塞がりました。見えません」
と観測手の声。バロ班長は溜息をつく。
「これじゃ撃ち込めないな。移動するぞ」
とバロ班長。観測手も応じて立ち上がり、二人は前進するために移動を開始した。
***
先行偵察班Bが移動を開始する、ほんの十数分前。
「偵察Aから伝令です。ターゲットの二人の位置と状況が入りました」
野戦キヤリアのコマンドルームで、ハンターA部隊の副長が隊長に報告する。
「来たか。内容は?」
副長は隊長に内容を伝える。聞いてるうちに隊長は何かが引っかかるような表情を浮かべるが、そのまま報告を全て聞いた。
「偵察Bの伝令は戻らないか?」と隊長。
「はい、Aには2名伝令をつけた4人体制でしたが、Bには1人しかつけてないので」と副長。
コマンドルームのテーブル上の概略地形図。Bの予定ルートを指先でなぞりながら、隊長は「出し惜しみか。……止むを得ないか」と零す。
「隊長、歩兵隊は全6名、うちBPARは4名いけます」と副長。
ターゲットは拳銃しか持っていないはずだ。連中のキャリアはオーバーホールが必要なボロであり、戦力にはならないというバロスさんの情報提供もある。当初は野戦を仕掛け、タルクで囲んで足を破壊し、野戦キャリアの40mm砲で仕留める作戦だった。遺跡での接近戦となるなら、タルクは使えない。それに、適応生物やレイダーへの警戒にタルクは必要でもある。なので、歩兵の出番だ。使える歩兵は合計で6名。うち、4名にはBPARを使わせる。歩兵の層は薄いが、戦力としては圧倒的だ。2名のガキども相手に、4機のBPARがやられるなんてことはありえないし、聞いたことも無い。
「タルク(装甲軽機動車)は周辺巡回のまま。歩兵展開のために、野戦キャリアを遺跡の解放部に入れるか?」と一瞬判断に悩む隊長。
悩む隊長に副長は無言のまま。月光の銀という傭兵部隊では沈黙が金であり、余計な口は挟まないのが昇進と長生きのコツである。
***
ハンターAの隊長は情報不足を理解しつつ、野戦キャリアで押し込む作戦を開始した。
移動するキャリアの微振動を足の下で受けながら、出撃準備をするために4名の歩兵はBPARを着用する。
「おい、俺のBPARの胸部の修理跡はなんだ? 2センチくらいの穴だぞこれ」
ハンターAの野戦キャリア内、兵員控室内で歩兵が驚いたように声を上げる。支給されたBPARの状態は千差万別。戦場からの拾い物も多い。
「そりゃ、20mmとかで撃たれたんだろ。お前も気をつけろよ」とツッコミを入れて笑う別の歩兵は、既にBPARを着用し、頭部装甲を下ろす。気体が漏れ出す一瞬の音と同時に、ツッコミを入れた歩兵は完全なBPAR着用状態になる。頭部装甲の両サイドにあるレール上を稼働するセンサーブロックが、独立した動きで前後左右を走査する。BPARは環境保護服に戦闘用の強化を施したパワードスーツであり、環境保護服を着用した歩兵の至近距離での小火器以下の攻撃に対して、ほぼ完全な防御性能を誇る。倍力強化装置は限定的ながら、10㎏前後の武装を軽々と扱えるパワーもあり、それは格闘戦でも発揮される。
「くそがっ! どっかの戦場の拾いものに訳の分からない装甲をはっつけただけかよ」と愚痴りながらBPARを着用する最初の歩兵。
「お偉いさんがBPARを着ることは無いからな」とくぐもった声を外部スピーカーに乗せるツッコミを入れた歩兵。
「違いない」と2人は合意する。
ここまでが、この分隊におけるいつもの戦闘前のちょっとした儀式である。
他に2名いるが、こっちは別の分隊の者で我関せずと揃ってBPARを着用し終える。
合計6名中4名がBPARを着用しパルコ10mmWSDを持つ三等歩兵。残り2名が環境保護服着用で30口径突撃小銃を持つ四等歩兵である。
歩兵隊のBPARには偵察班が装備してた追跡パックは無い。必要ないと判断されたからだ。代わりに10mmWSD用の予備弾を2ケース余計に背負っている。
「一応俺が現場指揮をするが、寄せ集めの部隊だ。作戦通りやればいいし、そんなに難しい仕事じゃない」
BPARの外部スピーカーで、最初の「くそがっ」発言の歩兵が言う。打って変わって落ち着いた口調であり、意識の切り替えもできているようだ。
「俺を含めた4名のBPARが2m間隔で横隊展開、牽制射撃しながらターゲットがいる遺跡内部に歩行速度で入る。環境保護服の2人は、俺らの後を追ってこい。決して俺らの前には出るなよ、隊長は損害がお嫌いだ」最後は少し意地悪気に笑った声だった。
5名は全員了解と言い、敬礼する。
これから戦闘が始まるのか、殺戮が始まるのか、それとも……。それは誰にもまだ分からない。
1つだけ言える事は、健治や秀治たちと最初に交戦するのはこの6名の歩兵だろうということだった。




