抵抗戦闘準備
巧遅は他の全てに劣る。
望む方向の機会を掴むには、どうしても運が必要になる。
運の神は、用意周到で堅実な者よりも、即断力と実行力を持つ猛々しい者を好む。
無論、これは兵站や作戦や根回しを軽視しろという話では無い。
小田原評定で機を逸する事を、運の流れは嫌うという話である。
全知全能でない者がアレコレ巧遅を駆使しようと、次の瞬間に何が起きるかなど知りようも無いのだ。
***
接近する前衛斥候の装備を銃座から望遠鏡越しに見て、ハナコは即断した。
相手の装備を見て、逃げるという選択肢は消し飛んだ。
「二人とも。リド・ブスの車台から手頃な金属パイプを抜いて持って。白兵よ」
軽機動車は組立て式のキット車輌であり、剥き出しの金網と金属パイプの組み合わせで車台を構築している。
手作業で金属パイプをいくつか抜くのは、難しい話ではない。
銃どころか刃物すら失った三人は、金属パイプを武装にするのだ。
もっと考えれば、もっと有効な武器になるモノがあるのかもしれない。
だが、考える時間は失われ続け、機を逸する結果を招く。
ハナコは自分達が置かれた状況のほとんどを知らない。
今この瞬間。
秀治と健治が滅茶苦茶な戦いをし、ハナコ達にとっても障害である傭兵たちを順調に減らしている事など、知る由も無かった。
情報が足り無い事をイイワケにして行動を起こさない者は、確実に死ぬ。
活路を求めるならば、今ある情報で、今ある選択肢で、今ある手段で『何とかするしか無い』のだ。
諦めたら、そこで終了してしまう。
彼我の力関係が違い過ぎる二者において、『話し合えば』とか『交渉すれば』とかは、平和ボケの発想である。
相手がこちらの全てを奪う実行力を持っており、こちらが相手を滅ぼす程度の抵抗力を持たない場合、話し合いも交渉も成立しようが無いのだ。
故に、ハナコは理不尽な命令などできない立場でありながら、何よりも自分が生き残る為に自殺行為とも思える命令をする。
このまま何もしなければロクな事にならないし、自殺したほうがいっそマシという末路だって充分ありえる。
降伏して生殺与奪の権を他者に預けるという事は、そういう事なのだから。
脱走兵や亡命者の末路のほとんどが悲惨なのも、そういう事なのだ。
全ては力関係で決まる。つまりは、それだけの話である。
***
ハナコの命令を聞いた二人は。
「ええぇええ!」
とダイスケ。だが、すぐに口を噤む。流され易い気質の彼は、例に漏れず空気を読むし、流される男である。
「はい」
と砂岩から急いで擦り降りてきてリド・ブスに駆け寄るシズコ。
あっという間に3本の手頃な金属パイプを確保し、1本をハナコに、もう1本をダイスケに放る。
ハナコの命令に驚いている上に、いきなり投げられた金属パイプを受け損なって慌てるダイスケ。
シズコが選んだ金属パイプは、長さ1m半ほど。重さは充分に殺傷力があるし、先もちょうどハブの接続部で湾曲して薄くなっている。
鈍器としても槍としてもなんとか使えるブツだ。少なくとも、環境保護服を着てる者ならば殺せる。
風が強くなってきたので、ハナコは二人の肩に手を置いて接触通信で作戦を伝える。
「砂岩の陰、こっちから死角になり上から回りこめない所にシズコ。私とダイスケは上に出てエサ役」
「相手の注意を引いて、すぐにそこの岩陰に落ちる。間違ってもシズコの近くに落ちない事」
「私とダイスケで追ってくる二人の歩兵をヤって、シズコがBPARを始末する」
「幸いというわけじゃないけど、風が強くなってきた。こっちもあっちも不利になるけど、射撃はもっと厳しくなる」
BPARが持つWSDは例外だけど、という事実をハナコは飲み込んだ。
そして、ハナコは二人から手を離す。
先にシズコが指示に従って死角に入り屈む。
呆然としていたダイスケは、人形のようなぎこちない動きでのろのろと指示された通りパイプを立てかける。
「パイプはそこに。立てないで固定できるように寝かせて。風で倒れて音が出ても転がって移動されてもダメ」
ダイスケに注意を払っていたハナコはダイスケの肩に手を置いて根気良くフォローする。
主たる役目が炊事要員であったダイスケに、歩兵戦の中で最も過酷な仕事の一つである白兵をやらせるのは無理がある。
だが実戦とは、無理だろうが無茶だろうが、できようができまいが、必要な事をやらなければならない。
やっても望む結果を得られる保証は無い。
だが、やらなかったら確実に望まざる結果になるのだから。
「は、はい」
ダイスケはぎこちなく動き、指示に従う。いまや完全に青褪めてガチガチだ。
それを理解していても、ハナコはダイスケを外そうとしない。外したら三人の生存可能性が低下するだけだからだ。
生命にとって生命保存に関わる行動に対し、およそ自由や選択権は無い。これは全ての生命に適応できる。人類も例外では無い。
「今から砂岩に登る。上がったらすぐに伏せる。私が見てるから先に上がって」
ハナコはダイスケを先に上がらせる。当然、ハナコの生存率を上げるためと、ダイスケが登らずに逃げ出す選択肢を潰すためだ。
登った後に逃げ出すなら、それはエサになってくれるのと同じなので、ハナコは黙認する心算だ。
「い、行きます」
ダイスケはハナコに促されるまま、登る。一度失敗して擦り落ちるが、なんとか上がり、そのまま伏せ姿勢をとる。
強くなった砂風のお陰で、目測150mまで近づいた三人の傭兵からはまだ見えてないようだ。
ハナコはシズコに頷きかけ、シズコも応じる。
そして、ハナコも危なげなく砂岩を登りダイスケと合流。
ハナコはダイスケの肩に手を置く。
「あと20秒。あいつらが100mまで近づいたら、手を上げて中腰になる。それが一番分かり易くあいつらがどういう連中か計れる」
「この風で見えるんですか?」
ダイスケの疑問は、傭兵たちと自分たち両方についてのものだ。
事実、ダイスケにはほとんど傭兵が見えてない。うっすらと黒く小さい靄がもぞもぞしているのが傭兵かもしれないと思うだけだ。
「BPARに追跡パックがついているの。あっちからはこの状況でも100mくらいならこっちを視認可能」
「それじゃ……」
ダイスケは『いきなり撃たれるんじゃ』という言葉を続けなかった。よく考えれば、この風で当てられるわけが無いと思ったからだ。
彼の考えは半分正しい。
『いきなり撃たれる可能性が高い』ことが正解。
『この風で当たらない』が不正解。
三人の傭兵たちのうち、銃持ちは一人。WSDを装備している追跡パック付きのBPAR着用者だ。残り二人は五等歩兵であり、アギスとボロボロな環境保護服と防塵覆いを装備している。
WSDは、秀治と健治に対してビル風よりも激しい風が吹き荒れる窪地で命中弾を叩き出している。
それを知らないハナコでも、過去にイシカリノカニが潜り抜けてきた激戦の中でWSDとBPARのセットがどういうモノかを目の当たりにしていた。
彼女が退避逃走という選択肢を放棄した最たる理由である。
「大丈夫。余計なことは考えないで、やるべき事をやればいいの」
そう言って、ハナコはダイスケの肩を優しく三度叩く。
だが、ハナコの肩を叩いてくれる者はこの場にいない。
人生とは、いつでもそうである。
必要な時に必要な人は、滅多にいないのだ。




