砂漠の牢人
バロスは唾を飲み込む。
「動くぞ?」
これまでに無い緊張状態で、バロスは確認する。
「いいぜ。旦那は」と秀治は一瞬カリンだった物体を流し見て「バカじゃねーだろうからな」と苦笑しながら応じる。
バロスは注意深く動き、手近のソファに置いといたイブリン革製軍用鞄から起動キーと管理キーを取り出し、秀治に放る。
秀治は2つのキーを器用にキャッチし、健治はバロスを射界に収めたまま微動だにしない。
「取引成立。死んだ傭兵どもは全員この女の仲間のトレイター。旦那の深謀遠慮で雇われていた俺たちは裏切り者を始末した。俺たちは契約通り報酬を受け取り、立ち去った」
と秀治。
「分かった」
と疲れを少し浮かせた表情のバロス。だが、文句は無い。組織の締め付けの対価として、キャリア1輌は安いくらいだ。
だが、こいつらを見てから感じているナニカ……悪寒は何だ? バロスは主導権を奪われたままで、なすがままにされるような男ではなかった。
過去形なのは、二人の野獣の前にこれまでバロスを支えてきた自信を失っているからだ。
だから表情が曇ってしまう。それを晒してしまう。
弱みを見せる男ではないが『野獣』と密室に閉じ込められたら、誰もが多少は弱みを見せるものである。
とバロスを擁護しておくべき程の、これは理不尽。
そもそも健治の「アレをヤる」から無理矢理に義が絡まってこうなっている。
バロスを無能と評するは容易だ。バカでもできる程度の容易さだ。
だが全能の神では無い人類の中では、バロスは上位に入る傑物である。この世界で資源輸送隊の頭を張れるのは、そういう人物だけだ。
チート能力も無しに組を組織して多大な危険のある砂漠を何往復もして商売を成立させる。
こんなことは、そこらの量産型人類にはできないのだから。
だからバロスの自信はユトリの自信とは全く違う。長期間の実績という裏打ちのある自信なのだ。
それが砕かれる。
この状況は、バロスの人生の否定とも言える。
面子とは、そういう話だ。
バロスはキーを受け取って頷き合う二人の野獣を見つめ、恐れると同時に憎悪を抱いた。
彼の心のどこかで、これは敗北なのだと突きつける自分がいる。
組のトップに、敗北という二文字はあってはならない。
しかし、バロスは野獣が目の前にいる限りは黙っている。
匹夫の勇では組織の頭は張れない。
だが、今自分が抱えているこの衝動は、何だ?
今すぐこの二人を殺したい。
既にバロスは、経営者の資質である感情抑制ができなかった。
初めての挫折がそうしたのか。
または、バロスたちのくだらないルールを一蹴する野獣の生き方に影響されたか。
今のバロスは、この二人に人生を否定され、生まれ変わりつつあるとも言えた。
それがバロスの望む結果を齎すかは、どこの誰にも分からないだろう。
ともかく、二人と出会う事でバロスが新しい自分に出会うことになったのは事実であった。
「ところで、テメーらを何と呼べばいい? 筋書きじゃオレが雇った事になるテメーらの呼び名を知らねぇってのは、それこそ筋が通らねぇぞ」
バロスのもっともな言に、秀治と健治は暫し思案顔。
ついで秀治が、
「砂漠のローニンだ」
と言い、
「そうだな。それでいい」
と健治は同意する。
バロスは辛うじて「分かった」と言った。
かつて無い感情の奔流は、言葉を少なくする事で宥めるしか無かったのだ。
だが、目の前の『自分のルールが通じない野獣』たちに対する心理状態故に、充分に感情を抑制出来無い事は自覚していなかった。




