音楽のような風-9
時間を忘れて父の部屋にいた萌は急いで音楽室に走った。クラブ活動のある日だとは覚えていたが、ついモグラが可愛かったので見入ってしまった。慌てて音楽室に飛び込むと、大きな歓迎の声が上がった。どぎまぎしている萌に向かって拍手が襲ってきた。戸惑う萌に声援が投げ掛けられた。
「おめでとうございます。五月先輩」
後輩からの祝福の言葉とともに、花束が渡された。
「…これ?」
「みんなで、出し合って買ってきたんです。お祝いに」
「ね、五月先輩、弾いてくださいよ、何か」
背中を押されながら萌はピアノの前に座らされた。そして、皆の目が見つめる中で、昨日演奏した曲を弾かざるをえなかった。わずか十数名の部員が見守る中での演奏は、昨日のホールでの演奏よりも緊張を強いられた。そのために萌の出来はいつもより悪かった。申し訳ないと思いながら演奏を終えて手を下ろすと、また拍手が萌を取り巻いた。萌は戸惑ってしまった。しかし、皆の言葉は賛辞で埋め尽くされていた。
―――素敵でした。
―――さすがですね。
―――あぁ、あたしもこんなに上手になりたい。
萌が俯きながら耐えていると、次第に皆の声は聞こえなくなっていった。
昨晩から降り出した雨は、放課後になってもまだ降り続いていた。萌は音楽室に行く気にもなれず、理科室に向かった。小さくノックすると、学生の一人が返事した。
「あ、お父さん…じゃない、先生います?」
「五月先生は、会議だって」
「あ、そう…ですか」




