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音楽のような風-13

 寝つけずに起き出してきて、萌は、じっと、ピアノを見つめていた。何も変わらずそれはそこに佇んでいる。

「……ピアノ、好きなんだ……」

ぽつりと漏らした自分の言葉に萌は、はっとした。そして、得心しながら自分に対して頷くと、言い聞かせるように繰り返した。

「ピアノ……好き」

萌は、じっと、ピアノを見つめた。何も応えず佇んでいるピアノに、萌は我慢できなくなった。すっと立ち上がって、レースを外して触れてみる。いつもと変わらぬ光沢は、暗闇の中でも微かに艶を放ち、触れると、しっとりとした質感を手に与えてくれた。萌はたまらずに部屋を出た。

 ドアをノックして、父の部屋を覗くと、宏信は相変わらず本の積み重ねられた机に座っていた。

「お父さん…いい?」

「ん、なんだ?」

振り返った宏信は、眼鏡を掛け直して、萌の方に向き直った。

「どうしたんだ」

「うん、……あのことなんだけど……」

「あぁ、そうか。そこへ座りなさい」

萌は言われるままに畳の上に座ると、宏信もイスを離れて畳に座った。

 自分から入ってきた部屋だったが、萌は話し出すこともできず、父の言葉を待った。しかし宏信もまた、萌の言葉を待っているようだった。萌は差し出されたお茶をすすった。

そして茶碗を置くと、ぽつりと言った。

「こないだ、溝口先生に、来週までには返事が欲しいって言われたの」

「そうか」

「…どうしたら、いいと思う?」

「それは、萌の気持ち次第だよ」

宏信はお茶をすすりながらそう答えた。萌はがっかりしながら、そうなんだ、と自分に言い聞かせた。しかし、宏信は萌の気持ちを察しているかのように続けた。


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